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☆横浜ダンディー☆-64
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部屋数は多く、サービスはひと際いい優良店。その上横浜でも人気のある可愛い女の子ばかりが在籍しているお店なので、人気が出ないはずがありません。
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でも、それだけでなく、この番組を毎週見ていたわけではない人の中にも、終わることを寂しいと感じている人が多いような気がする。「タモリ倶楽部」はただのテレビ番組ではなく、その存在自体が人々の心の支えになるようなものだったのだろう。
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タモリ倶楽部」という番組において、企画の細かい内容や傾向には一定の変遷があるが、一貫して明確なコンセプトのようなものがあった。「タモリ倶楽部らしさ」と言えば、多くの人が思い浮かべる何かが確実にある。「ゆるい」とか「狭い(マニアックである)」といったことだ。
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この番組は「流浪の番組」を名乗り、低予算を売りにしている。飾り気のない会議室のような場所で収録が行われたりする。MCのタモリも淡々とした態度を貫いている。
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企画の中身もマニアックなものが多い。ほかの番組では取り上げないような超マイナー趣味を紹介したり、独特の切り口があったりする。もともとのターゲットが狭いと思われるようなものを、あえて見つけて面白がるようなところがあった。
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テレビ番組制作の世界では「成立」という言葉がある。企画の良し悪しを判断する際に「成立しているかどうか」ということが1つの基準になる。番組として成立していないというのは良くないことであり、成立させるためにどうするか、ということについてスタッフは知恵を絞る。
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でも、「タモリ倶楽部」では、ほかの番組なら「成立しない」と言われて却下されるようなネタが、積極的に取り上げられるようなところがある。「そのテーマだけで30分の番組を作るのは無理だろう」と思われるような題材を選び、それを深く掘り下げていく。その姿勢だけは一貫していた。
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それは決して奇をてらった逆張りではない。流行の逆をあえて狙っているわけではない。そもそも時代の流行など気にせずに、独自の道を進んできただけだ。
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40年の歴史の中で、テレビ業界にも世間にもさまざまな流行があった。こういう企画がウケる、こういう現象が話題になる、といったことは各時代にあったはずなのに、「タモリ倶楽部」はそこは一切気にせず、自分たちのやり方を貫いていた。そのぶれない姿勢は一種の伝統芸のようだった。
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いわば、ほかの番組では成立しないはずのものがなぜか成立していた。それができた理由は大きく分けて3つ考えられる。1つは、言うまでもなく、企画・演出を手がけてきたスタッフの尽力によるものだ。もう1つは、企画を支えてきた特定分野の専門家や趣味人の活躍である。そして、最後の1つは、タモリという絶対的な「ご本尊」の存在である。
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そこにタモリがいるからこそ、狭い企画が狭いままで終わらなかった。タモリは多趣味であり、博識であり、どんなものにも独自の視点を見出し、それを面白がることができる。彼は物事を楽しむことの天才なのだ。そして、タモリが楽しそうにしている姿を見て、視聴者である私たちもそれを自然に受け入れられた。
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