011
1972年、丸山は山口県岩国市で出会った女性と結婚して長男をもうけたが、酒好きの妻は男にだらしがなく、翌年離婚。妻は精神疾患と診断され、病院に入院した。施設に預けた子供には毎月仕送りしていた。
73年10月3日、妻と離婚した年に丸山はアルコール酩酊中に、アパートに住む若い女性の部屋に侵入して警察に逮捕されたことがあった。この時は精神病院に医療保護入院をして「精神分裂病」の診断がくだされ起訴をまぬがれている。
その後、仕事を求めて大阪、静岡などを転々とした。上京後も、建設作業員として作業員宿舎や簡易宿泊所に泊まりながら働き、事件の1週間ほど前までは、渋谷区内の飯場で20日間ほど働き、7万円をもらっていた。施設に預けたは子供に毎月仕送りしていた。それまで酒は飲まなかったが、子供と離れ離れになった寂しさから酒の量も増えていった。
012
【怒り】
1980年3月頃から、丸山は宿泊費節約のため新宿駅西口で寝泊りするようになった。
8月15日頃、丸山は新宿4丁目のガソリンスタンドでポリ容器ごとガソリン10Lを購入。
8月19日、丸山は多摩川競艇に行くが、なけなしの1万円をすってしまう。その後、新宿駅西口に戻り、地下通路に通じる階段に座りこんでカップ酒をあおっていた。酔いがまわってきたところで、頭上から誰かに「ここにいちゃだめだぞ」、「邪魔だな、あっちへ行け!」と罵声を浴びせられ、本来小心で真面目な丸山だったが、カッとなった。罵声を浴びせた相手が誰かはわからなかったが、この一言で社会に対するこれまでの鬱憤が爆発した。
「俺には寝ぐらもなければ、かぞくもいない。どうして俺だけがこんなワリをくうんだ。これまで、なにひとつ悪いことはせず、毎日、真面目に働いてきたのに」
丸山は復讐の相手に、おそらく罵声をあびせたであろう会社帰りの幸せな家庭を持つ”普通の人々”に狙いをつけ、通勤帰りの客など30人が乗りこむバスを選んだ。
013
足元に散らばる新聞紙を拾い集め、4リットルのガソリンを入れたバケツを持ってバス停にむかった(バケツは西口柳通りの飲食店からこの夜盗んでいた)。新宿発・中野行のバス(京王帝都バス)の後部乗降口から、火のついた新聞紙とガソリンを放りこむと、バスは瞬く間に炎上した。
この時、被害者の一人の女性(21歳)が全身に火傷を負って路上を転げまわった。周りには野次馬が何百人もいたが、だれも彼女を助けようとはしなかった。それどころか、「熱い、熱い」と泣き叫ぶ女性に対し、4人くらいが「まだ生きてますか?」と能天気に質問したりしたという。
丸山は放火後逃げ、地下道入り口付近でうずくまっていたが、通行人らによって取り押さえられ、まもなく駆けつけた警察官によって逮捕された。その時、丸山の所持していたものは紙袋に入れられた薄汚れた毛布と現金25617円だけだった。預金残高には25万ほどあったという。
014
結局、この火災で乗客6人が死亡し、22人が重軽傷を負った。後部座席で座った姿勢のまま焼死した3人のうち2人は、ヤクルト‐巨人戦のナイター観戦の帰りの斉藤安夫さん(40歳)と長男・秀一君(8歳)と判明。斉藤さんの妻はテレビのニュースで事件を知り、「ナイターから夫と子供が帰らない」と新宿署に駆けつけた。そこで斎藤さんの名刺と秀一君の半袖シャツの青い布切れを見せられて、「主人と子供のものです」と確認したと言う。秀一君は大の巨人ファンで、何度もせがんでやっと連れて行ってもらった野球観戦の帰りの惨事だった。
後部座席にいたもう一人は資生堂美容部に勤める今井操さん(21歳)と判明。今井さんはいつもの習慣で後部座席に座っていたのが命取りとなった。
【逮捕後】
供述
「バスに火をつけてやろうと思って、ガソリンスタンドにガソリンを買いに行きました」
「自分は家庭が複雑で、世間の人が幸福に見えた。人がアッと驚くことをしてやろうと火をつけた」
015
「酒を飲むと、他人が自分を変な目で見ているような感じが一層強くなり、これが頭にきて、だれかれとなく人通りの中で怒鳴り散らした」
丸山は当初「バスの運転手になめられた」と怒鳴っていたが、丸山とバスの運転手の間にトラブルはなかった。しかし、事件の数日前にバス停前のベンチで仰向けに寝ていた丸山らしい男が、手足をばたつかせたり、バスの排気ガスを浴びると「このヤロー、燃やしちゃうぞ」、「しょうっちゃうぞ(背負うの意味?)」などと言っているのが目撃されている。
この事件の被害者の1人である杉原美津子さんは全身88%もの火傷を負ったが奇跡的に回復した。杉原さんは事件後「生きてみたい、もう一度」(文芸春秋)という手記を発表している。また、服役中の丸山と面会しており、裁判では「寛大な刑」を求めて上申している。この杉原さんに対して、丸山は次のような手紙を送っている。
016
『おてがみありがとうございました。55年8月19日はほんとにすまないことおしました いまじぶんはこかいしています バスのおきゃくさんがのっているとはおもえなかった めがはっきりみえなくてほんとにすまないことをしました 大ぜいがなくなりおわびのしよがございません ほんとにすまない 丸山博文』 (原文ママ)
【裁判】
公判では丸山は本籍などはしっかり言えるのだが、質問されると「わからない」「酒に酔っていて、酔って頭がかっかして、はっきりわからない」などと連発しており、このため上智大学教授・福島章氏が精神鑑定を行ない、「心神耗弱」との結果が出た。
1986年 東京高裁、神田忠治裁判長は精神鑑定の結果を全面的に採用し、丸山に無期懲役を言い渡す。この時、丸山は無罪と勘違いをして喜び、傍聴席に向かって「ごめんなさい」と土下座した。
1997年10月7日、千葉刑務所で服役をしていた丸山は「眼鏡を忘れた」と作業場に戻り、配管にヴィニール紐を結び首吊り自殺した。享年55。精神鑑定や杉原さんの上申によって死刑を免れた丸山は、自らに”死刑”を下したのだろうか。
017
寿産院もらい子殺し事件
【事件概要】
1948年1月、東京・新宿区柳町の「寿産院」で、100人以上のもらい子が死亡していたことが判明。経営する石川ミユキ(当時51歳)、猛(当時55歳)夫妻は配給品を受け取るために子どもを貰い、ろくに食事を与えていなかった。
【木箱を運ぶ男】
1948年1月15日午後7時半頃、東京・新宿区弁天町で早稲田署員2人がパトロールをしていたところ、自転車に乗って数個のミカン箱を運んでいた葬儀屋N(当時54歳)を見かけた。不審に思って事情を聞き、荷台に積んであった箱を調べてみると、中には嬰児の死体がメリヤスのシャツとオムツに入れられて入ってあった。
「これは寿産院というところから頼まれたもので、火葬場に運んでる最中だ」
Nはそう言い、話によると牛込柳町(現・市ヶ谷柳町)にある「寿産院」から計4体の遺体を運んでおり、前年の8月以来、20体以上運んでいたのだという。
018
怪しいと睨んだ警察は最近死んだと見られるNが運んでいた6つの遺体を解剖してみたところ、3人は肺炎、2人は凍死、1人が餓死で、6人とも食べ物が与えられた形跡はなかった。
さらに寿産院を経営する石川ミユキ(当時51歳)、夫の猛(当時55歳)を呼んで取り調べをしてみたところ、同院では大量の子どもが死亡していたことがわかる。まもなく石川夫婦と助手のA子(当時25歳)は殺人罪の容疑で逮捕された。同院から1人500円の埋葬料を貰って遺体を処理していたとされるNは容疑不十分で釈放されている。
【石川夫妻】
ミユキは1897年(明治30年)、宮崎県東諸方郡本庄町で生まれた。
県立職業学校を卒業したのち、18歳で上京。東大医学部産婆講習科に入学した。
晴れて産婆となったミユキは23歳で猛と結婚、牛込で産院の経営を始めた。
牛込産婆会の会長を務めていたほか、47年4月にはミユキは新宿区議会議員選挙に自民党から出馬したが、落選している。
019
猛は茨城県生まれ。地元の農学校を2年で中退後は現役志願で憲兵軍曹となり、その後警視庁巡査も務めた。
26年に警察を辞めた後はミユキの尻に敷かれながらも、左団扇で暮らすようになる。
【鬼畜の所業】
寿産院では44年から、新聞に三行広告を出して食糧難にあえぐ母親たちから1人5、6000円の養育費で赤ん坊を預かってきた。当時、タバコの「ピース」10本入りが7円、NHK聴取料5円、新聞月8円であったことを考えると、取引額はかなり大きいものであった。また預かった子どもは1人300円、器量の良い子どもは500円という値をつけて希望者に売っていた。
敗戦から3年しか経っていないこの年はベビーブームであったが、同時に貧しく、混乱の時代だった。
020
警察が駆けつけてきた時には院内に7人の子どもがいたが、1人はすでに死亡しており、残りの子どもも冬なのに肌着1枚しか着せられず、泣く力さえないほど弱っていた。
それまでに同院に預けられた子どもは合わせて240人にものぼり、そのうち104人が死亡していた。正確には把握できないため、あくまで推定でこの数字である。あの夜、パトロール中の警察官が葬儀屋を見咎めないでいたら、被害児はもっと増えていただろう。
夫婦は産院を経営すれば政府から乳児用の主食配給が獲得できるため、とりあえず子どもを預かり、食べ物はほとんど与えず、病気になっても放ったらかしにしていた。食事だけではない。風呂にも入れず、親のある子が死亡すると、親のない子が死んだように偽装して配給品を受け取った。そもそも寿産院には多くの子供の面倒を見るだけの人手も、設備もなかったのである。
1.アクセスログの保存期間は原則1か月としております。
尚、アクセスログの
個人的公開はいたしません。
2.電話番号や住所などの個人情報に関する書き込みは禁止します。
3.第三者の知的財産権、その他の権利を侵害する行為又は侵害する恐れのある投稿は禁止します。
4.
すべての書き込みの責任は書き込み者に帰属されます。 5.公序良俗に反する投稿は禁止します。
6.性器の露出、性器を描写した画像の投稿は禁止します。
7.児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(いわゆる児童ポルノ法)の規制となる投稿は禁止します。
8.残虐な情報、動物を殺傷・虐待する画像等の投稿、その他社会通念上他人に著しく嫌悪感を抱かせる情報を不特定多数の者に対して送信する投稿は禁止します。
※
利用規約に反する行為・同内容の投稿を繰り返す等の荒らし行為に関しては、投稿者に対して書き込み禁止措置をとる場合が御座います。