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【日本の闇】真太郎212-10 こんにゃく-7
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誰かがひいたレールの上をふらつきながら進む…凄いコワイ…
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太郎、私の頭からいろんな声が周りの人達に聞こえ無いようにして欲しい。
酷い事ばかり言う
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小林死刑囚自殺、執行待ち15年は「精神的拷問」か
原田 隆之:筑波大学教授
(写真:アフロ)
2006年に岡山県で大学生2人を生き埋めにして殺害した事件により死刑が確定し、大阪拘置所に収容されていた小林竜司死刑囚(41)が、2月1日死亡しているのが見つかった。報道によれば、首に布団の襟カバーを結んだ状態で発見され、自殺とみられている。
【写真を見る】被害者の遺体が見つかった岡山市内の産廃集積場
犯行の残虐性を踏まえれば、死刑は順当な刑罰といえ、この死刑囚に強い非難感情を抱くのは自然なことである。
しかし、自殺によって「刑の執行」自体ができなくなったわけであるから、刑事司法の責任を果たせなかったことは大きな問題と言えるだろう。
しかも、この出来事を単なる「凶悪犯罪者の自死」として処理してしまえば、日本の死刑制度が長年抱えてきた重大な構造的問題を見落とすことになる。
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執行されない死刑という現実
日本には現在、100人を超える死刑囚が存在しており、この状況が常態化している。なかには、死刑が確定してから10年、20年、あるいはそれ以上、数十年にわたり執行されないまま拘置所に収容され続けている者も少なくない。
日本の法律では、死刑確定後6カ月以内に執行すべきことが定められているが、それが守られたケースは最近では皆無と言ってよい。小林死刑囚は、死刑確定後15年にわたって拘禁されていた。
また死刑の執行は法務大臣の命令を要し、その判断が政治的・社会的影響を強く受けるため、執行は常に先送りされやすい構造にある。さらに、日本の死刑制度の大きな問題は、執行の日時が本人にも家族にも事前に告知されない点にある。
加えて、再審請求や共犯者の裁判が確定していないなどの要因があれば、執行が遅延する原因となる。結果として、死刑囚は「いつ執行されるかわからない」状態に長期間置かれ、強い不安と緊張を伴う生活を強いられる。
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長期的拘禁がもらたす心理的影響
このような状況が人の精神に及ぼす影響については、想像にかたくない。長期の拘禁下では、抑うつ、不安、不眠、注意力や判断力の低下、情動の鈍麻など、いわゆる拘禁反応という精神異常が生じやすい。
とりわけ死刑囚の場合、将来の展望が完全に断たれ、「生の終点だけが待っている」という認識が、精神的負荷を極端に増大させる。
また、多くの死刑囚は、時間の経過とともに強い後悔や罪責感を抱くようにもなる。判決確定直後には現実を受け止めきれず、感情を遮断することで自己を保っていたとしても、年月が経つにつれ、死刑を待つ自分自身に向き合い、被害者や遺族の存在を現実的に意識せざるをえなくなるのである。
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その一方で、その内省や苦悩を言語化し、他者と共有する機会はきわめて限定されている。面会や交流が厳しく制限された環境では、思考は内向化し、反芻され、不安や絶望感が強まりやすい。
小林死刑囚の死因や、死亡に至るまでの精神状態の詳細は、現時点では明らかになっていないし、今後も明らかになることはないだろう。
しかし、彼の場合も、死刑確定後の長期的拘禁がもたらす心理的影響を考えれば、拘禁反応、不安、後悔、孤立、絶望といった要因が重なっていた可能性は否定できない。
これは個人の問題というよりむしろ、制度が人に与える影響として捉えるべき事象である。
国際的視点から見た日本の死刑
刑確定後に長期間、不確実な状態で拘禁されることについては、国際的に深刻な人権問題として繰り返し指摘されている。
国際人権B規約(自由権規約)や被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)、さらには国連人権委員会や国連特別報告者の報告などでは、長期間にわたり執行を予告されないまま拘禁される状況が、非人道的または品位を傷つける取り扱いに該当しうると繰り返し指摘されている。
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欧州では、死刑制度を廃止している国が大半であるが、過去には「死刑囚が長年にわたり執行の不安にさらされること自体が精神的拷問に近い」という議論が展開されてきた。
欧州人権裁判所の判例でも、拘禁の態様や期間が被拘禁者に過度な精神的苦痛を与える場合、それが拷問または非人道的・品位を傷つける取り扱いに該当しうるとの判断が示されてきた。
これは、死刑の是非とは別次元で、国家の拘禁権限が人の尊厳を侵害していないかを問う重要な視点である。
拘禁の長期化とともに、日本では死刑囚の高齢化も進んでいる。長期間執行されないまま年を重ね、70代、80代となる死刑囚も存在する。
そうなると、医療費がかさみ、拘禁にかかるコストも重大である。医療費は全額税金で賄われ、死刑囚1人当たり1年で数百万円もの税金が投入されている。さらに、認知症が進行している高齢死刑囚も少なくない。
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加齢に伴う身体疾患や認知機能の低下、精神疾患の併発が見られるケースでは、「そのような状態にある人に死刑を執行することの意味は何か」という根源的な問いが突きつけられる。
しかし、日本社会では、このような死刑囚の実態はほとんど知られていない。「凶悪犯罪者なのだから当然だ」「自業自得だ」という感情的反応や、刑事司法当局の徹底的な秘密主義のなかで、死刑囚の問題は事実上アンタッチャブルな領域となってきた。
その結果、死刑囚を収容する拘置所の内部で何が起きているのか、死刑確定後の人々がどのような精神状態に置かれているのかについて、社会的な検証はほとんど行われてこなかった。
死刑に至るまでの過程を検証
これは死刑制度に賛成か反対かという議論とは別次元の問題である。立場の違いを超えて確認すべきなのは、国家が人の命を奪う権限を持つ以上、その過程が人権の観点から厳しく検証されなければならないという原則である。
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死刑囚といえども、当然のことながら基本的な人権は尊重されるべきであり、人間らしく最期を終える権利を有する。アンタッチャブルな見えない場所で、精神的に追い詰められ、誰にも知られないまま命を落とすとすれば、それは制度の側が問われる問題である。
大阪拘置所で起きた今回の死亡事案は、日本社会が長年直視してこなかった、死刑囚の精神状態、長期拘禁の影響、高齢化、情報の不透明性という問題を、改めて浮かび上がらせた出来事である。
死刑囚であっても人であるという事実から目を背けず、この問題を重大な人権課題として可視化し、議論の対象にすることが、いま強く求められている。
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小林竜司死刑囚
竜司 死
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