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左翼は偽善者、保守派は正義

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だよね?

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応接間に腰を落ち着けた三木は とつとつとした口調で話しはじめた。
「考えてみると 今の閣僚の中で戦前、戦中、戦後を通じて国会に議席をもっているのは私一人だ。今回の参議院選挙のあり方、結果をみて ぼくは国民の考え方と政治のあり方についていろいろ反省してみた。ご承知のように ぼくはかつて党近代化について答申を出したことがある。しかしなにもなされないまま今日までに至っている。あのときの自分の答申は党体質の近代化、政策の近代化などが含まれていた。それが行なわれていない弊害を 今度の参院選を通じてひしひしと感じたんだ」
「…………」
「総理の耳にも入っていると思うが 選挙の最中からわが党の内部に こんなに多額の金を使うような選挙戦では、とても来年の統一地方選挙、予想される総選挙は乗り切れないという批判が起こった」
田中はうなずきながら答えた。
「それは自分も考えているところだ。なんとか直さねばならんと思っている」
「そこで……そうした近代化、体質改善を行なうために、ぼくは閣僚の椅子を去りたいと思う」と三木はようやく本論に入った。
「それは今後 党の方でやらせることにしたら どんなものだろう……」

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三木は首を横に振った。
「もちろん ぼくとしても党になんらかの機関を設けて そこでやってみることも考えた。だがこれまでの経緯をみると そうした機関をおいたところで 真に身を入れてやるものがなくては何一つできない。だからこの際は自分が一党員となって 党の近代化のために働きたいんだ」
「その気持ちも意図もよくわかる。しかし あなたはいま田中内閣の閣僚、副総理なんだ。閣僚に留まっていても出来ないことじゃない。副総理という立場に立って采配を振ってもらってもいいことだ」
「いや、やはり副総理、環境庁長官という閣僚ポストにあったのでは思うようには運べない。一党員として取り組んでこそ 真に近代化ができると考えている」
田中は そうかというようにうなずいてみせた。
「そういうことで あなたが辞表を出すなら……普通の場合、幹事長などから形式的にでも慰留しなければいけない。が、この慰留を君は承知してくれまいね」
「いまのぼくとしては それは迷惑なことだ。……本当に辞めたいんだ」
「では慰留はやめよう」
田中はあきらめたような表情であった。しかし三木に念を押すことも忘れなかった。

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「あなたが辞めることになると科技庁長官の森山欽司君はどうなんだ。やはりあなたに殉じて閣外に去るということになるんだろうか。つまり三木派としては閣僚は総引き揚げにする、入閣はさせない、ぼくの内閣に対して非協力という姿勢をとるのだろうか」
田中内閣発足後の組閣、改造で 三木派からの入閣は三木本人と あと一人というのがならわしになっていた。田中は三木に
「君、副総理は閣僚二ポストに相当する。だから三木派は実質三ポストだよ」と言っていたが 三木派の中には主流の一角として扱いが軽すぎるという不満の声があった。そのことを田中も承知していた。
そのざっくばらんないい方に 三木ははじめて微笑を浮かべた。
「そのようなことはない。閣僚を辞任して党改革をやるということは ぼく個人の考え方であり行動なんだ。森山君はそのポストに坐っていてもらえばいい。閣僚として田中内閣あるいは党、国民のために働けばいいことだ。党近代化を行なうというぼくが 閣僚の総引き揚げをするなどということでは話が派閥次元のことになる。党の近代化改革に逆行することになってしまう。その点は懸念されることはない」

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「こういう際、失敬ないい方かも知れないが、あなたが環境庁長官の椅子を去ったとなれば 内閣としては早速その補充を行なわなければならない。その人事について注文なり希望なりがあれば……」
「ぼくが注文を出したら また派閥人事になる」と三木は苦笑した。
「その辺のところは総理大臣があずかる人事だ。あなたの判断で行なってもらえばよいことだ……」
別れぎわに三木は一言
「徳島みたいな無茶は 今後やってもらっては困る」と釘をさした。
「いや、あれは……やり過ぎだった」
田中は済まなそうな表情になった。

この日 午前10時から首相官邸で開かれた定例閣議には 三木はもちろん姿をみせなかった。その席だけが ぽつんと空席になっていた。その時までに
「三木が辞意を表明したらしい」という噂は早くも政界に流れていた。閣僚もその空席を見て
― やはり本当か……。
と感じた。円卓をかこんで田中の隣に席を占める二階堂官房長官が まず冒頭に
「三木副総理・環境庁長官が辞意を表明致しました」と報告した。これを受けて田中首相は
「今朝、三木君が私のところにきて……」といってから 三木との会話を淡々とした口調で報告した。

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「というようなわけで いま私の隣席は空いている。三木君は病気とか欠席というのではない。閣僚としてこの席にいることを潔しとしない、ということでの空席なんだ」と厳しい語調で話を結んだ。
しかし三木辞任については どの閣僚も閣議で発言することをさし控えた。閣議は事務的に終わった。
三木が首相官邸に姿を見せたのは午前11時過ぎであった。それは二階堂に正式に閣僚の辞表を提出するためであった。官房長官室に入ってきた三木の顔を見ながら 二階堂は
「残念ですな」といった。
「今のような時期に辞任されるとは 大変に私としても情けない気がする。私もかねがね あなたに対しては尊敬の念をもっていた。自民党が参院選に敗北を喫して重大な危機にたたされている今、必ずあなたは党と内閣のために協力してくださると信じていた。それがお辞めになるというのは 私としては全く情けない」
この二階堂の言葉に対して 三木はいささか侘しげな表情になった。
「しかし二階堂君、今はもうやむをえんよ。いろいろと途が違ってしまったんだ」
「それだから よけい残念ですよ。あなたとの交際はずいぶん古く、なにしろ同志だったんですからなあ」

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三木と二階堂との関係は 終戦後間もないころからスタートしている。
二階堂は協同党、三木は同志クラブ ともに新党にいた。やがて両党が合同するところから 二階堂と三木との関係が生まれることになったのだ。
しかし その後の政界の転変をへて 二階堂は自由党に入り 佐藤派に属して田中角栄との親交を深めるに至った。一方の三木は協同党を井出一太郎、早川崇たちの国民党と合同させ 国協党を結成させていったのである。
そうした因縁があればこそ 二階堂にしてみれば いま三木が田中内閣を去っていくことが口惜しくもあり 残念でもあったのだ。三木は二階堂に向かって
「いずれまた 一緒にやることもあるよ」という言葉を残して官房長官室を去った。その足で三木は麹町の事務所に向かった。

三木事務所では すでに記者団だけではなく テレビの中継カメラ、ライトが待ちかまえていた。セットされたマイクの前に坐る三木に 新聞社のカメラマンのフラッシュがしきりにたかれ ライトがこうこうとあたった。三木の後ろには井出一太郎、松浦周太郎、森美秀、海部俊樹、塩谷一夫、西岡武夫たちがずらりと並んだ。ここで三木は 用意していた声明を読みあげた。

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「国民は自民党に厳しい批判をくだした。自民党はこれを素直に受けとめ これに応えなければならない。鉄は熱いうちに打つべきだ。私は国民の要望に応え 自民党の体質の徹底的改善を図ることに全力を傾けるため 閣僚を辞任する決意をした。
問題の根本は 政策以前の政治と政治姿勢につながる党の近代化の問題である。改善を要することは国会議員の選挙のあり方だけではない。諸悪の根元である総裁公選の現状にも根元的なメスを入れなければならない。政治資金の集め方、使い方も改革しなければならない。
私は同憂の人たちとともに この問題に取り組む堅い決意である」
この声明を読みあげたあと、三木は記者団に向かって面をあげて こういった。
「私の気持ちは橋本幹事長も二階堂官房長官も また総理も理解してくれたことと思う」
そのあと記者団から当然質問が飛び出した。
「三木派の一部には このさい三木派からの閣僚は総引き揚げをしろ、森山科技庁長官も辞めろという声がありますが その辺はどうしますか。またあなたが辞めたあとの閣僚の補充についてはどのように考えておりますか」
三木はうなずきながら聞いていたが はじめて笑顔をみせた。

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「辞任は私個人の問題で森山君には閣内で全力を尽くしてもらう。私が主張しているのは党の近代化だから 派閥次元で考えているわけではない。また派閥をからませては この仕事は決して成功するはずがない」
「この選挙の前から党の近代化、金権政治反対というようなことについて あなたと福田さんとは連絡があって 三福連合などということがいわれているが、福田さんとの関係は今後どのように発展していきますか」
政界の玄人であれば このあたりがもっとも関心のあるところであった。田中主流派の中から脱落した三木が 反主流派的な福田と連合して田中内閣を倒閣に追いつめるのではないか― ということが事実上政局の焦点となることは だれの眼にも明らかだった。これに対して三木は いかにも彼らしい答弁をした。
「そういうこともあるので 自分としては今のところ福田君と会う予定は一切立てていない。党改革をやっていく上においては福田派と三木派と連携してやるとか そうした派閥次元で考えるべきではないと思っている。辞めた以上、私に対しては中途半端なことは許されない。派閥を越えた同憂の士と相談しながら今後の党改革をやっていくだけだ」

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三木の辞任についてすぐに反応を示したのは福田蔵相であった。福田は閣議を終わって大蔵省に戻った。閣議のあとにはどの省でも その省担当の記者クラブと大臣との会見が行なわれるのがつねである。
参院選のあとで いまは予算・財政の問題が直接的には大蔵省にはない時期である。記者団の質問も当然三木辞任のことがポイントになった。そこで福田は例の癖で天井に眼を向け 膝を叩きながら
「三木君が辞表を出したね。まあそこまでやるとは私も思ってはいなかった」とうそぶいた。そのあとで記者団の顔を見わたしながら このようにしゃべった。
「自民党の建て直しについて三木氏が抱いている情熱、それから今日の行動は 十分に理解もし 評価もするものだ。私は今後三木氏の行動を支援したいと思っている。といっても それと関連させて私がどのような具体的な行動をとるかは 同憂愛党の同志と相談して決めなければならない」
もちろん三木に呼応して福田も辞表を提出するのではないかという噂が 当然政界には流れていた。田中主流派の中でも福田の行動に警戒の眼を向けるに至っていた。記者たちは福田の真意を探りたいと さらに執拗な質問を放った。

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「そうおっしゃっても三木さんは あなたとお会いになって あらかじめ相談した上で辞任したのではありませんか」
「そんなことはない。会っとらんよ。噂として今朝三木君が辞表を出したというのを聞いて むしろびっくりしたくらいのもんだ」と福田は煙幕を張った。記者団は食い下がった。
「しかし金権政治批判、党改革ということで 三木さんとあなたと意見が一致している。その三木さんが辞めたのに あなただけが閣内に残って田中金権政治と協力というのでは 筋が通らんではありませんか」
記者たちは福田の口から「辞任する」という言質をとろうと懸命であった。だが福田はとぼけ続けた。
「だが人おのおの そのあり方が違うのでね、私は私なりに別の行き方をとるということもあり得るではないか」
そういって福田は立ち上がった。
「さあ 会見はこのくらいでいいだろう。とにかく あとあと忙しくなるよ」

三木辞任の後、ほとんど間髪を入れずといった素早さで田中首相は行動を起こした。総理大臣室に二階堂官房長官を呼んだ。ちょうど三木が辞表を置いて帰った直後であった。
「三木氏の辞表を受理しておきましたが」といいながら二階堂は入ってきた。

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