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【ペン専用】SUPERNOVA(旧 超新星)★62
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ほどほどに
011
>>7
SVに合流することかな?
SSは5人から合流させてもらえないと思ってる人がいることに驚いた。
012
この答弁については、1月28日、閣議の後、首相と外務、官房、防衛の各相との間ですでに意見の統一が出来ていた。おそらく野党側はこの答弁で大騒ぎをするだろう、審議停止ぐらいはあるかもしれない、と政府側は予測していたのである。いずれ「核抜き本土並み」の姿勢を国民の前に明らかにするにしても、沖縄返還というものが日本や極東の安全とどのように関連しているのか、それに国民の関心を引きつけたかったのである。
だが首相答弁は、質問した野党からも 新聞からも見過された。徹夜の暁国会で疲れて、微妙だが重大な首相発言に注意が届かなかったのであろうか。
ところで成田質問に対する首相答弁とは別に、佐藤の沖縄返還の際の基地の態様について「核抜き本土並み」の決断をする経緯について触れておかなければならない。
43年11月中旬、佐藤の三選阻止に挑戦した三木前外相が「基地の態様は本土並み」と沖縄問題に言及した際、佐藤は激しく反発した。佐藤の怒りは、外交問題を国内政争の具にしたことに向けられたものであるが、当時佐藤派の総会で三木前外相に反論した佐藤の発言は「核抜き本土並み」を対米交渉の基本姿勢としたものではなかった。
013
この答弁については、1月28日、閣議の後、首相と外務、官房、防衛の各相との間ですでに意見の統一が出来ていた。おそらく野党側はこの答弁で大騒ぎをするだろう、審議停止ぐらいはあるかもしれない、と政府側は予測していたのである。いずれ「核抜き本土並み」の姿勢を国民の前に明らかにするにしても、沖縄返還というものが日本や極東の安全とどのように関連しているのか、それに国民の関心を引きつけたかったのである。
だが首相答弁は、質問した野党からも 新聞からも見過された。徹夜の暁国会で疲れて、微妙だが重大な首相発言に注意が届かなかったのであろうか。
ところで成田質問に対する首相答弁とは別に、佐藤の沖縄返還の際の基地の態様について「核抜き本土並み」の決断をする経緯について触れておかなければならない。
43年11月中旬、佐藤の三選阻止に挑戦した三木前外相が「基地の態様は本土並み」と沖縄問題に言及した際、佐藤は激しく反発した。佐藤の怒りは、外交問題を国内政争の具にしたことに向けられたものであるが、当時佐藤派の総会で三木前外相に反論した佐藤の発言は「核抜き本土並み」を対米交渉の基本姿勢としたものではなかった。
014
「沖縄の基地の姿は、最終的には本土並みになってもらいたいが、日本や極東の安全と密接に関連のある沖縄基地を、最初から本土並みを要求して交渉するのは無理である。沖縄の住民はこのことをよく理解しており、住民が本土並みを望んでいるというのは認識不足だ」というのが発言の趣旨である。この発言に関する限り、佐藤の考えは成田質問に対する答弁と大差はない。そしてこの考えは愛知外相や保利官房長官ら政府首脳、外務省の当事者もふくめて大方似たりよったりのものであった。
この年の1月6日、佐藤は帰国した下田駐米大使を首相官邸に招き、愛知外相、保利官房長官らを交えて、大使から米側の感触について報告を受けるとともに、今後の方針について協議している。この時下田大使は、米国務省の非常に厳しい対応を説き、後日新聞を騒がすことになる「甘い考えはできない」と訴えるのである。
『下田武三君が帰えって来、愛知君や保利君と一緒に報告をきいた。なかなか米国は沖縄基地についてきつい意見らしいが、ジョンソン大使が今度は国務次官になるので、日本国内事情はよく知っておるから何とかなるだろう。難しい交渉には違いない』
015
「沖縄の基地の姿は、最終的には本土並みになってもらいたいが、日本や極東の安全と密接に関連のある沖縄基地を、最初から本土並みを要求して交渉するのは無理である。沖縄の住民はこのことをよく理解しており、住民が本土並みを望んでいるというのは認識不足だ」というのが発言の趣旨である。この発言に関する限り、佐藤の考えは成田質問に対する答弁と大差はない。そしてこの考えは愛知外相や保利官房長官ら政府首脳、外務省の当事者もふくめて大方似たりよったりのものであった。
この年の1月6日、佐藤は帰国した下田駐米大使を首相官邸に招き、愛知外相、保利官房長官らを交えて、大使から米側の感触について報告を受けるとともに、今後の方針について協議している。この時下田大使は、米国務省の非常に厳しい対応を説き、後日新聞を騒がすことになる「甘い考えはできない」と訴えるのである。
『下田武三君が帰えって来、愛知君や保利君と一緒に報告をきいた。なかなか米国は沖縄基地についてきつい意見らしいが、ジョンソン大使が今度は国務次官になるので、日本国内事情はよく知っておるから何とかなるだろう。難しい交渉には違いない』
016
ここで下田大使は、今後の対米交渉の基本的な姿勢について佐藤から指示を仰ぎたかった。核つきでもいいから早期返還のため交渉を進めよ、という指示を予想したかもしれない。だが佐藤の決断は「核抜き本土並み」であった。保利官房長官は後日
「佐藤首相から、核抜き本土並みでなければ交渉はまとめない、と強い指示があり、成否は別として最善を尽します、ということで下田大使は米国へ帰った。このときの佐藤首相の信念的な見識は立派だった。私らは半信半疑だったが、あの時に外務当局や、出先の意見に左右されていたら、ああいう形での返還はなかった。首相として一世一代のリーダーシップをとったと強く感じた」と述べている。
首相はこの日、外相や官房長官を前にして、下田大使に対し明確に「核抜き本土並み」を指示しているのである。ただ佐藤は、この決断と下田大使に対する指示を外部にもらすことはなかった。この後に行われた成田質問には むしろ逆ともいえる答弁を行って、世論の喚起を意図している。
『各紙とも下田発言で賑う。結局余の世論作りに下田を使ってるとの事。もっともっと安保や沖縄では世間を騒がさぬときまらぬ様だ』
017
ここで下田大使は、今後の対米交渉の基本的な姿勢について佐藤から指示を仰ぎたかった。核つきでもいいから早期返還のため交渉を進めよ、という指示を予想したかもしれない。だが佐藤の決断は「核抜き本土並み」であった。保利官房長官は後日
「佐藤首相から、核抜き本土並みでなければ交渉はまとめない、と強い指示があり、成否は別として最善を尽します、ということで下田大使は米国へ帰った。このときの佐藤首相の信念的な見識は立派だった。私らは半信半疑だったが、あの時に外務当局や、出先の意見に左右されていたら、ああいう形での返還はなかった。首相として一世一代のリーダーシップをとったと強く感じた」と述べている。
首相はこの日、外相や官房長官を前にして、下田大使に対し明確に「核抜き本土並み」を指示しているのである。ただ佐藤は、この決断と下田大使に対する指示を外部にもらすことはなかった。この後に行われた成田質問には むしろ逆ともいえる答弁を行って、世論の喚起を意図している。
『各紙とも下田発言で賑う。結局余の世論作りに下田を使ってるとの事。もっともっと安保や沖縄では世間を騒がさぬときまらぬ様だ』
018
佐藤が国会を通じて核抜き本土並みの方向を示すのは、3月10日、参議院予算委員会においてであった。
この日佐藤は、質問に立った社会党の前川旦、および関連質問の野上元の両議員に答弁した。
野上「日本におけるアメリカ軍隊と、沖縄のアメリカ軍隊とは、全く異質だから、返還にともなって安保条約の改定が必要になると思うが、どうか」
首相「沖縄の基地機能をそのまま今後持続するということになれば大変な変化である。条約の改定なしにそういうことがあるとは思わない。また逆ないい方をすれば、沖縄が帰ってくれば当然日本の憲法も、また安保条約もその地域に適用になる。これが普通の考え方であるから、別な取り決めがあれば、その改定をしなければならない。これはもう常識的に当然な帰結である」
佐藤の答弁は、安保条約の改定を行わない限り、返還される沖縄基地は当然「本土並み」の扱いを受けることを明らかにしたものである。
『沖縄問題は今日の段階で遂に、核抜き本土なみで交渉するとの結論をとられた様だ。勿論、態度は尚白紙と云う説明だが。憲法はそのまま、更に自動延長の安保体制から かく判断されても仕方がない』
019
佐藤が国会を通じて核抜き本土並みの方向を示すのは、3月10日、参議院予算委員会においてであった。
この日佐藤は、質問に立った社会党の前川旦、および関連質問の野上元の両議員に答弁した。
野上「日本におけるアメリカ軍隊と、沖縄のアメリカ軍隊とは、全く異質だから、返還にともなって安保条約の改定が必要になると思うが、どうか」
首相「沖縄の基地機能をそのまま今後持続するということになれば大変な変化である。条約の改定なしにそういうことがあるとは思わない。また逆ないい方をすれば、沖縄が帰ってくれば当然日本の憲法も、また安保条約もその地域に適用になる。これが普通の考え方であるから、別な取り決めがあれば、その改定をしなければならない。これはもう常識的に当然な帰結である」
佐藤の答弁は、安保条約の改定を行わない限り、返還される沖縄基地は当然「本土並み」の扱いを受けることを明らかにしたものである。
『沖縄問題は今日の段階で遂に、核抜き本土なみで交渉するとの結論をとられた様だ。勿論、態度は尚白紙と云う説明だが。憲法はそのまま、更に自動延長の安保体制から かく判断されても仕方がない』
020
この日、保利官房長官は「返還後の沖縄には非核三原則が適用される」と記者会見で話している。つまり政府は首相答弁と官房長官談話を通じ、返還交渉にあたり沖縄基地の態様については「核抜き本土並み」で臨むことを明確にしたのである。
数日後、佐藤は紀尾井町の福田家で各新聞社の政治部長と会食している。この席で質問された佐藤は、参議院での答弁について「言うつもりで言った」と話している。
「憲法もそのまま、安保も自動延長なら、核抜き本土並みになるのが当然」と佐藤は考えていたのである。だが新聞の扱いはあくまで懐疑的で、核抜き本土並みは対米交渉態度であって、返還時においてはまた違った結末になるのではないかと予測したりしていた。
2月12日、川島副総裁は時事通信社の内外情勢調査会で「戦後、衆議院の解散は平均して二年ごとに行われている。二年を過ぎれば人心はあきる」と講演し、佐藤に早期解散を進言したことを明らかにした。川島演説には尾ひれがついて、解散風が国会の中を吹き抜けた。
社会党は翌13日、緊急中央執行委員会を開いて「佐藤内閣打倒、早期解散」の方針を決め、国会活動を早期解散に向けて集中することを決めた。
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