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アウディ(総合)
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レクサスなんかより数段高いわバーカ(笑)
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――何をやってるんだ、俺は。
看護師の美咲の「無理しないでくださいね」という声が頭の中でよみがえる。
その優しさに応えたいと思ったはずなのに、結局いつもの夜に逆戻りだ。
テーブルに広げたブランド物のアクセサリーを眺める。
「これさえあれば俺も輝ける」と信じて集めてきた品々。
だが今のしげちぃの瞳には、それらはただの冷たい鉄と革の塊にしか映らなかった。
しげちぃは深く煙草を吸い込み、天井を見つめながら呟いた。
「なあ、看護師さん…俺はどうしたらいいんだ」
煙は天井に消えていく。
その夜もしげちぃは眠れなかった。
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第六章 偶然の再会
秋の夕暮れ、しげちぃは駅前のコンビニに立ち寄った。
ペプシゼロとタバコを買い、レジ袋を手に外へ出ると、見覚えのある横顔が視界に入った。
――看護師さん
紺色のカーディガンにジーンズ。白衣ではなく、日常の姿。
看護師の美咲が、買い物袋を抱えて歩いていた。
しげちぃの心臓は跳ねた。
声をかけるべきか、やめるべきか。
患者と看護師の関係を越えてしまうことに、彼は怖さを感じた。
だが、看護師の美咲の方が先に気づいた。
「あ、◯◯◯さん?」
笑顔。
病院で見るのと同じ、いや、それ以上に柔らかな表情。
夕暮れの街灯に照らされた彼女は、しげちぃには眩しすぎた。
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「こんなところで会うなんて、偶然ですね」
「え、ええ…そうですね」
言葉が喉につかえる。
本当は「会えて嬉しい」と叫びたかったが、声にならなかった。
「これから帰るところですか?」
「はい。夜勤明けで、ちょっと買い物してたんです」
その言葉を聞きながら、しげちぃは胸の奥が熱くなるのを感じた。
彼女は自分と同じように、疲れて、日常を生きている。
病院の白衣の中にいるだけの存在ではなく、一人の人間なんだ。
「じゃあ、気をつけて帰ってくださいね」
「…あの」
思わず声を出していた。
看護師の美咲が立ち止まり、こちらを見る。
「えっと、その…いつもありがとうございます」
その瞬間、しげちぃは涙が出そうになった。
病院の中では決して聞けない、素の言葉。
その一言が、胸に深く刺さった。
彼女が人混みに消えていくまで、しげちぃはその場に立ち尽くしていた。
握りしめたペプシゼロのボトルが冷たくて、やけに現実を思い出させた。
――俺はまた、夢を見てしまったのかもしれない。
しかし同時に、胸の奥には確かに灯った。
「生きたい」と思える、小さな炎が。
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第七章 揺れる決意
あの夕暮れの偶然の再会から数日。
しげちぃの胸の中には、確かに変化があった。
ペプシゼロを片手に過ごす夜も、以前のような絶望感は薄れていた。
病院の廊下で美咲とすれ違うたびに、あの街灯の下の笑顔がよみがえった。
――俺もまだ変われるかもしれない。
そんな思いが、胸の奥に芽生えていた。
だが、変化は簡単ではなかった。
ある夜、眠れずに布団に横たわっていると、孤独の波が押し寄せてきた。
「どうせ俺なんか…」
頭の中で声が響く。
気づけばスマホを開き、ホスラブと風俗店のサイトをスクロールしていた。
――行くな。
――でも、このままじゃ眠れない。
心の中でせめぎ合いが続く。
そのとき、ふと看護師さんの声が浮かんだ。
しげちぃはスマホをテーブルに投げ出した。
そして、深く息を吐いた。
「もう…俺は逃げたくない」
そう呟き、タバコを一本取り出す。
煙を吐きながら、心に決意を刻んだ。
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――風俗に逃げるのはやめよう。
――せめて一度でいいから、看護師さんに胸を張れる自分になろう。
翌日、病院へ向かう足取りは少しだけ軽かった。
看護師さんに会えるというだけでなく、自分の中に小さな目標が生まれたからだ。
だがその道のりが簡単でないことを、しげちぃはまだ知らなかった。
彼の心を試すように、次の試練はすぐ近くまで迫っていた。
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第八章 封じられた瓶
「おい、しげちぃ!」
仕事帰りの人混みの中、背後から声をかけられた。
振り返ると、かつて酒場でつるんでいた古い知り合いの顔があった。
顔は赤らみ、手には缶ビール。
「久しぶりじゃねえか!お前、全然飲みに来ねえから心配してたんだぞ」
しげちぃは曖昧に笑った。
「…俺、もうやめたんだよ」
「はぁ?何言ってんだよ。人生楽しまなきゃ損だろ。ほら、一本だけ」
差し出された缶ビール。
冷たいアルミの感触が手に伝わる。
頭の奥に、かつての酩酊の記憶がよみがえる。
苦くて甘い液体が喉を通り、全てを忘れさせてくれた夜。
笑い声、喧騒、そして孤独の麻痺。
――飲めば楽になる。
――でも、戻ってしまう。
しげちぃの心臓は早鐘を打った。
その瞬間、ふと看護師さんの表情が浮かんだ。
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「◯◯◯さんががんばってるの、私もうれしいですから」
震える手で、彼は缶を押し返した。
「悪い。俺はもう飲まないんだ」
友人は鼻で笑った。
「つまんねえやつになったな。まあ、好きにしろよ」
立ち去る背中を見送りながら、しげちぃは深く息を吐いた。
足元がふらつく。飲んでいないのに、心は酔ったように揺れていた。
夜の風は冷たかったが、胸の奥には確かな熱が残っていた。
――俺は変わりたいんだ。
――あの人の前でだけは、誇れる自分でいたい。
それでも、アルコールの影は消えていなかった。
心の奥底で、「また飲もう」と囁く声が、静かに息を潜めていた。
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深夜二時
眠れない夜を持て余したしげちぃは、アウディTTのドアを開けた。
エンジンをかけると、低い唸り声が静かな住宅街に響いた。
行くあてもない。
ただ、走りたかった。
街灯が続く国道を抜け、ネオンが消えた暗闇へと車を走らせる。
窓を開けると、夜風が頬を打ち、ペプシゼロの炭酸よりも鋭い刺激を与えた。
バックミラーには誰もいない。
前方のハイビームだけが、無人の道を白く切り裂いていた。
ハンドルを握る手に、ふとお気に入りの風俗嬢と看護師さんの顔が浮かぶ。
白衣の笑顔、裸の笑顔、両方が夕暮れに見た素の横顔。
胸が熱くなる。
――俺は何をしてるんだろう。
――この車に金をかけて、何を証明したかったんだ。
100万以上の改造費を注ぎ込んだアウディTT。
それなのに隣の席には誰もいない。
ブランド物を身に付けても、空っぽの夜を埋めることはできなかった。
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国道を外れ、海沿いの道に出た。
波の音がかすかに聞こえる。
そこは道の駅。しげちぃは車を停め、煙草に火をつけた。
暗闇の中、潮風と煙が混ざる。
灰を落としながら、彼は小さく呟いた。
「看護師さん…いつか、隣にいてくれることなんて、あるんだろうか」
答えはもちろん返ってこない。
ただ、静かな海とエンジンの残り香だけが、彼の孤独を包んでいた。
それでも不思議と、心は少し軽かった。
行くあてもなく走り続けることが、今の自分にできる唯一の「生きている証」だった。
やがて夜明けが近づく。
水平線がわずかに白み始めたころ、しげちぃは再びエンジンをかけ、街へと戻っていった。
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しげちぃはハンドルを強く握りしめ、アクセルを踏み込んだ。
深夜の国道。街の灯りは遠ざかり、ただテールランプの赤い残像だけが夜を切り裂いていく。
行き先なんてない。
ただ、逃げたかった。
孤独から、過去から、そしてどうしようもない自分から。
窓を開けると、夜風が叩きつける。
スピーカーからは古い音楽が鳴り、エンジンの唸りと混ざり合う。
誰もいない道で、しげちぃは心の奥で叫んでいた。
――俺はまだ終わっちゃいねえ!
――こんなところでくたばれるか!
アルコールに溺れて、風俗に逃げて、孤独に震えてきた。
それでも心のどこかで「変わりたい」と願っている自分がいる。
その証拠に、今夜もしげちぃは走っている。
看護師さんの笑顔が胸をよぎる。
あの白衣の姿。夕暮れに見た素顔。
彼女に会うたび、しげちぃは「生きてていい」と思えた。
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