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鶯谷ローズマリー-35
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引き続き語れ。
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↑誰か叩かれると現れる、お助けマンかな?
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>>167
擁護入ると必ずこれ書き込むやついるよね。
そんなに売れてるのが面白くない?
どうせ売れない女の書き込みだろうけど。
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盛り上がらせたいネカマだろ
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景観上の議論
侵食の激しい海岸段丘に設置された消波ブロック
消波ブロックの設置は、独特の形状と色彩から日本の海岸の原風景である白砂青松を破壊するものとして、批判が強い[2]。
また、アレックス・カーは自著の『犬と鬼』で、日本に必要のない過剰な公共事業や、規制が不十分なことによる日本の醜い景観の一例として、電線、看板、雑居ビルの塔屋、高速道路の高架、砂防ダムなどと同時に、日本の海岸線にある過剰な消波ブロックの存在を批判している。
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このような批判に対し、国土交通省は「美しい国づくり政策大綱」で「景観阻害要因になっている消波ブロックの除却」を掲げており、実際に静岡県の富士海岸をはじめ、多くの海岸で消波ブロックを撤去して、人工リーフを整備し、砂浜を回復するなどの試みがなされ始めた[3]。
ただし、海岸の侵食や高波など防災上との兼ね合いから、日本全土の消波ブロックを完全に撤去できない。
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『キャプテン翼』(キャプテンつばさ)は、高橋陽一による日本のサッカー漫画。および、それを原作にした派生作品。「ボールが友達」が信条の主人公・大空翼をはじめ、ひた向きにサッカーに打ち込む少年達の姿を描き[1]、連載時に日本国内でサッカーブームを起こすと[2][3][4]、後にプロサッカー選手となる多くの選手達に影響を与えた[1][4][5]。略称は「キャプ翼」(キャプつば)[6]、「C翼」[7] など。
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「ボールは友達」が信条の主人公・大空翼の活躍と成長を描いたサッカー漫画である[5]。翼が後にチームメイトとなる若林源三らとの出会いを経て、さまざまなライバル達との戦いを制し、やがて国外へと活躍の場を広げていく姿を描いた[1]。サッカーの楽しみや魅力を伝えることに重点が置かれた爽やかな作風は[8][9]、従来のスポ根漫画に代わる新しいスタイルのスポーツ漫画として読者に受け入れられた[5][8][10]。1983年にアニメ化されると日本国内でサッカーブームを起こし[3][4][5]、それまでマイナーな競技と見做されていたサッカーの人気と競技人口拡大に寄与した[10]。
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Jリーグ発足に伴うサッカー人気の高まりにより連載が再開され、1994年から1997年までFIFAワールドユース選手権での活躍を描いた『キャプテン翼 ワールドユース編』が連載された。2000年代に入ると掲載誌を『週刊ヤングジャンプ』に移し、2002 FIFAワールドカップ開催に合わせる形で2001年から2004年まで『キャプテン翼 ROAD TO 2002』、2005年から2008年までは『キャプテン翼 GOLDEN-23』、2009年から2011年までは『キャプテン翼 海外激闘編』が連載された。2013年からは掲載誌を『グランドジャンプ』に移し『キャプテン翼 ライジングサン』を連載している[11]。これらの作品では、翼たち主要登場人物たちがスペイン、イタリア、ドイツ、日本などの各国リーグのプロ選手として活躍する姿が描かれている[12]。
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2007年11月までに出版された全シリーズの日本国内累計発行部数が、単行本・文庫本合わせて7000万部を突破した[13]。また、国外での累計販売部数は、正式に出版契約を交わしている翻訳本で約1000万部を記録している[14]。上述を合算した全世界シリーズ累計発行部数は8000万部を記録している[15]。
2017年6月に出版された『キャプテン翼 ライジングサン』第6巻においてシリーズ通算100巻を達成した[16]。
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作者の高橋は子供のころから野球をはじめとしたスポーツに親しみ、小学時代は徒競走を得意とし、中学時代は卓球部に、高校時代は軟式野球部に所属していた[17]。その一方で、小学校高学年から『巨人の星』や『あしたのジョー』などといったスポーツ漫画に影響を受けて漫画を描き始めた[17][18]。
サッカーについては少年時代から「ごっこ遊び」を通じて興味を抱いていたが[18]、高校3年生の時にアルゼンチンで開催された1978 FIFAワールドカップをテレビ観戦したことを契機に注目するようになった[13][18][19][20]。高橋によると「少年時代からサッカーという競技は知っていましたけど、ワールドカップのアルゼンチン大会をテレビで見て、『サッカーってこんなに面白いスポーツだったんだ』というのを再発見した」という[18]。
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