033 沖縄海底遺跡 発見は1986年。地元ダイバーの新嵩喜八郎氏が、新たなダイビングポイントを捜していた時のことだった。 島の南側の新川鼻という岬の沖合い海底で、人工物としか思えない「神殿跡」遺跡と出くわしたのだ。 それは、東西200メートルほどの岩山の半分を、長さ100メートル、奥行き40メートルほど加工したもので、テラス状になっていた。しかもその後の調査で周辺からは、祭祀場跡のような巨石を安置した穴や、カメの甲羅をモチーフにしたような亀石、人工的に彫られたように並んだ3つの穴、台座岩の上に六角形の巨石が置かれた太陽石、さらには人面そっくりの「立神岩」なども確認されている。 匿名さん2015/06/02 02:18QNz3pdU3go
035 トンカラリン 熊本県菊水町にある「トンカラリン」と呼ばれる古代の遺跡は、地中にできた暗渠(あんきょ)や地割れによる縦穴の上部を葺石で塞いでできた、全長464.6メートルの随道(トンネル)型の遺構。 「トンカラリン」の名前の由来は、、穴に石を投げ込むと「とんからりん」という音が聞こえることからつけられたという説がある。 誰が、いつ、いったい何の為に建設したのか、いまだ不明だということ。排水路説、古代信仰遺跡説、朝鮮的信仰遺跡説あるが全ては仮説にすぎない。 匿名さん2015/06/02 02:20QNz3pdU3go
036 神籠石(こうごいし)。古事記、日本書紀にも記述がなく、続日本書紀にも語られていない。不思議な石積の遺構が九州北部一帯に遺されている。小高い山の頂きから中腹にかけて数qにわたって切石の列が並ぶ。7世紀前後のものとされているが、定説はない。古代山城の城廓とも、霊域の結界などの説があるが‥‥。 匿名さん2015/06/02 02:22QNz3pdU3go
037 江戸時代にUFOか? 虚舟 『兎園小説』(1825年刊行・江戸の文人や好事家の集まり「兎園会」「耽奇会」で語られた奇談・怪談を、会員の一人曲亭馬琴がまとめたもの)に『虚舟の蛮女』との題で図版とともに収録され今に知られているほか、兎園会会員だった国学者・屋代弘賢の『弘賢随筆』にも図版がある。 その虚舟は海から流れて漂着したが人々に恐れられ、再び海に流されてしまったという。空飛ぶ円盤の江戸時代的表現ではないかとされているが、虚舟が「動力を持っていた」、もしくは「空を飛んだ」等、読み取れる資料は存在しない。 匿名さん2015/06/02 02:26QNz3pdU3go
039 肉人 1609年(慶長14年)、駿府城の中庭に、肉塊のような者が現れた。形は小児のようで、手はあるが指はなく、肉人とでもいうべきものだった。警戒の厳しい城内に入り込む者は妖怪の類であろうと思われたが、捕まえようにもすばやく動いて捕まえられない。当時の駿府城に住んでいた徳川家康が、その者を外へ追い出すよう命じたため、家来たちは捕獲をあきらめて城から山のほうへと追い出した。 匿名さん2015/06/02 02:30QNz3pdU3go