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ホスラブてめちゃ保守

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だよな

055

「補正予算と、除名問題とは別ものだ。いいかね、私の眼の黒いうちは、石橋、河野は、絶対に復党はさせん」
「……が、冷静に、お考え願いたい」と、緒方は姿勢を正した。
吉田は横を向いたきりであった。

この話がどこからともなく、三木の耳に入ったとき、彼は昂然と胸を張った。
「面白い。吉田君がその気ならば、われわれはだ、補正予算を潰してみせようじゃないか。吉田君が強気で解散と出るか、おそれいって総辞職するか……だ」
といいながらも、三木は、
― いずれ、緒方が妥協を申し入れにくると、読んでいた。
はたしてそうなって― 緒方と三木は、12月はじめに顔を合わせることになった。
院内の閣議室であった。緒方は、妥協を求めて頭を下げるでもなく、かといって高い姿勢でもなかった。淡々とした口調で― ただし、
「補正予算を政争で潰しては あなたがた鳩山派も、党人としての名分が立ちますまい」と、三木の泣きどころに触れてきた。
「理屈は、そのとおり……」と、三木はにやりと笑った。
「このさい、理屈抜きで……だ。わしは是が非でも、吉田君の顔がみたい」

056

なぜか三木武吉は、鼓動のたかまりを抑えがたかった。
― 喧嘩別れした昔の女に会うような……。
それと、どこか似かよった心理の揺曳に、みずから苦笑しながら、三木は外相官邸のサロンに足を踏み入れた。
とうに幹事長の林譲治と、総務会長の益谷秀次がそこにいた。政敵である三木を迎える緊張が、二人の表情をこわばらせているようであった。三木の同志である鳩山民同の安藤正純と、砂田重政とは、よほど三木を待ちかねていたらしく、ほっとした色をみせた。官房長官の緒方竹虎ひとりが、いつもと変わりない様子だった。おもみのある声音で、
「お待ちしていた」と手で、三木に椅子をすすめた。
そのアーム・チェアーに腰をおろしたとき、三木の正面に、小柄な体を椅子に沈めた吉田茂がいた。いつも本会議場で、はるか後ろの議席から、閣僚席のひな壇にいるのをながめるのと異なって、近くでみるその顔には、どこかとぼけた老人のおもむきがあるのが、三木には看てとれた。
もう三木は、呼吸をととのえて、老巧な度胸よい政客に立ち戻っていた。緒方が、
「では、補正予算の扱いから……まず」と、口を切ったのを、三木はぴしりと制した。

057

「本日の主題は……だ。新聞もラジオも伝えとるように、党内民主化についてだ」
厳然とそういう三木から、吉田は眼をそらさなかった。ことさら三木は、鋭く詰め寄るかまえをとった。
「……石橋湛山、河野一郎両君は、自由党創立の功労者だ。それをなぜ、除名をしたか……その事情からうけたまわりたい」
三木の眼は、林と益谷を見すえていた。二人はうつ向いて、答えようとはしなかった。むしろ吉田が、からからと笑い声をあげた。
「三木さん、そのことはだ、除名以前まで、水に流して、なかったことにしましょうや」吉田はすでに肚を決めていたのだ。
― ここでいい争って、たとえ除名の取り消しを却けてみたところで、いずれは二人の復党を認めなくてはなるまい。とすれば、あっさりと譲ろうではないか。
この吉田の出かたに、勢い込んでいた三木は、ふっと、拍子抜けを覚えた。
「結構だ」とうなずいた。吉田に肩をすかされて、崩れかかった姿勢を、たてなおした。
「つぎに……林、益谷君の辞任だ。三役の一人に、鳩山民同を加えていただく。そうせんと、側近偏重の是正も、党の民主化もできん」
吉田は、にが笑いした。

058

この要求も、緒方との事前の話し合いで、予測していたところだった。承知する肚はできていた。だが、吉田は三木に一太刀だけ浴びせかけた。
「それは、三木さん、党人のあんたが、よくご存知のはずだ。幹事長はたしかに、総裁の私が指名したんだが、総務会長は総務の互選で、私の一存では、どうにもならん」
「それでは……だ」と、三木は急迫の手を緩めなかった。
「林、益谷君がだ、自分で辞める……といえば、総裁たるあんたは承知しますな」
三木は、その上半身を、林と益谷のほうにひらきなおらせた。
「どうだ、君たち。辞めるかね?それとも、このままやっていく……というかな?」
二人は、情けない顔つきで、黙り込んでいた。幹事長、総務会長の椅子にしがみついてみたところで、鳩山民同25名を敵にまわして、補正予算を否決されれば、二人とも辞任に追い込まれることは、眼にみえている。
三木は、三白眼で二人をみおろしながら、ひとりで合点した。
「ご返事のないところをみると……どうやら、辞任の決意のようだ」
こんどは、吉田を見やった。
「くだんのごとくだ……二人はだ、辞めるというとる」

059

吉田の眼のなかに、笑いが浮かび上がったように、三木には思えた。
― 三木君、あんたは強引な人だ。
そう揶揄しているような。
― が、二人が辞めるなら、君のいい分を承知しよう。
そう、三木を宥すような。
それは一瞬、三木の闘志をゆるませるものがあった。それ以上、彼の闘志を吸収し、溶解させるものがあった。慌てて三木は、いっきにいってのけた。
「林、益谷両君の辞任は、ただいまご確認のとおりだ。あらたに、鳩山民同からひとり、三役のなかに加えていただく。ということで、われわれも諒承しよう。ご懸念の補正予算はだ、政府原案支持を、約束する」
この席の緊迫した雰囲気がほぐれた。が、三木は、みずからの緊張を解かなかった。
「いや、たいへんに失礼した」というなり席を立った。
そのまま吉田と、話しつづけていたいという誘惑が、明らかに三木の内がわに萌していた。だがそうすれば、吉田との対決の気魄が崩れていく思いを、三木は感じとっていたのだ。その三木に、緒方が声をかけた。
「ゆっくりと、雑談でもどうだね」
「いや……」
三木は、あえて振り切った。吉田に背を向け、袴のすそを蹴立てて、足早やにサロンを出た。

060

このときのことがあとになって三木と緒方との関係に、あたらしい局面をひらくことになる。
― 昭和30年、緒方は自由党総裁を継いでいた。三木は民主党総務会長として、保守合同を協議した。ある日、緒方と三木は、二人だけで会う時間をもった。そのとき緒方が、このようにいった。
「あのとき、もう十分ほど、君ひとりをとめて、吉田と話をさせるつもりだった。あるいは、政局の場面が変わると思ってね」
緒方は、三木の内がわに動いていた畏れを見逃してはいなかったのだ。「ゆっくりと、雑談でも」とすすめたのは、単なる辞令ではなく、そのせいであった。
「そうか、看破られていたか……」と、三木はうそぶいた。うそぶきながら三木は、緒方という人物を読んだ。彼は急速に、緒方に惹かれていった。
30年秋、両党の合同がみのって、自由民主党が結成されたあと、鳩山総裁の後継として、緒方竹虎と岸信介とが候補にのぼったさい、三木は、はやる岸を抑えた。
「鳩山のあとは緒方。君はそのつぎだ」と、緒方の擁立に動くことになるが― それはなお二年余のあとで、この27年暮れの時点では、三木にとって緒方は、吉田とならぶ、倒すべき政敵であった。

061

だしぬけに三木が、世田谷の三宿にある広川弘禅農相の私邸に姿をあらわしたのは、その二日あとであった。広川は毎朝、数十人ちかい来客を、二十畳ほどの広間に押し込み、そこの長火鉢の前に順番に呼んで、話をするのをしきたりにしていた。どの客たちも、内緒の話はできなかった。金の無心など厭な要求、陳情を封ずるための手であった。大切な客に限って、奥の座敷に案内した。
その朝、そうした多数の客が群がる広間に、三木は案内も請わないで、乗り込んでいった。それは、客たちをおどろかせた。
― 敵方の総帥三木が、なぜ、ここに?
いかぶる客たちの視線のなかを、三木はずかずかと歩んで、広川の前に、長火鉢をはさんでどっかりと坐り込んだ。
広川もさすがに、唖然となった。三木の声は、大きかった。
「実はだ、君に、もの申したいことがあってな」
広川は慌てた。
― 客のまん前で、飛んでもないことをいいはしないか。
広川は、座布団から、飛びずさって、
「まあまあ、こっちへ……」と、奥の座敷に三木を招じ入れた。
坐るなり三木は、のっけから広川に、乱暴な言葉をぶっつけた。

062

「なあ君。わしが考えるにだ。吉田の天下は、そういつまでも続きはせんぞ」
いきなりのその言葉に、広川は眼を白黒させる様子だった。が、
「しかし、三木先生」と、度胸をすえて、ふてぶてしく応酬した。
「鳩山の天下だって、無理というもんだ」
「あるいは……な」と、それを三木は軽く受け流した。
「で、鳩山がむつかしいとして……だ。吉田のあとは、いったい、だれが継ぐことになるな?」といった。広川は、答えなかった。答えられない事情があったからだ。
吉田の周辺では、いまでは広川は、増田甲子七を超えて、広川派と呼ばれる三十余名の勢力を党に張っていた。池田勇人や佐藤栄作は、吉田総裁のなかの枢軸ではあっても、まだ派といえるほどの手勢を擁していなかった。池田は前尾繁三郎たち数名、佐藤は田中角栄、橋本登美三郎、松野頼三たち数名をひきいていたに過ぎない。こと党の問題になると、二人とも広川の采配にしたがう他はない状況であった。
それだけに、広川を吉田の後継総裁とみるものもいた。事実、後継総裁たろうとする野望は、広川のなかにふつふつとたぎりつづけていた。

063

それが、抜き打ち解散― 総選挙で、追放解除組が甦ってくると、様相が変わってきた。吉田が、副総理にすえた緒方竹虎を、後継者として遇しはじめたからである。緒方のもとには、吉田派の半数のほか、広川と対立する大野伴睦とその派までが参じた。
「緒方こそ、自由党の嫡流」という声さえあがっていた。
広川は、当然、心おだやかではなかった。そのあたりを、三木は衝きはじめたのだ。
「このままでいけばだ、あとは緒方だ。わしが耳にしとるところでは……だ、吉田は、二年後にだ、緒方に政権を渡すというとる」
もっともらしい口調で話す三木に、広川はことさららしく上を向いてうそぶいた。
「そんなこたあない。吉田の肚は、わしがよう知っとる」
「はたして、そうかな?わしにはだ、吉田がそういったという確証がある」
断定的ないい方であった。ただし、確証があるというのは嘘だった。といっても、吉田が緒方に譲るであろうというのは、常識であった。
広川は、まるで意に介しないふうで、火鉢の灰の上に、火箸を走らせながらも、
― この地獄耳の古狸は、どこかで吉田、緒方の密約の証拠でも、握ったのか?
という疑念が萌すのを、さすがに抑え切れなかった。

064

その表情を読みながら、急に三木は、しんみりとした口調になった。
「わしはだ、なにも、鳩山に政権を取らせることだけ、考えとるんではない。正直をいえばだ、鳩山に天下が取れれば、むしろみつけものぐらいに思うとる。鳩山政権の実現はだ、君がいうように、まさに至難のことだ。となると……、鳩山以外にだ、だれがつぎの時代を担うのか、担うべきなのか、それをだ、わしは思案しとるんだ」
「…………」
「わしみたいな、くたばり損いがだ、吉田のあとの天下を、しんから心配しとるというのにだ、君ほどの人物がだ、いまの吉田にばかり眼を奪われとってはならん。大所、高所からだ、つぎの時代を考えてもらいたい。そのことをわしはいいにきた。と同時にだ、君に必要あれば、わしを、いつでも呼んでくれ……」
返事を聞こうともしないで、すっと三木は立ち上がった。広川は、とぼけた表情で、
「ご苦労なこってした」と、おひゃらかすようにいった。だが、それがうわべだけの装いで、広川の内がわに動揺がはじまったという手ごたえを、三木は確実に感じとっていた。
― これで広川は、おれの術数のなかに陥るはずだ。

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