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ホスラブてめちゃ保守

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だよな

035

それは英語のはずであったが、前夜にアチソンから、吉田あてに、
「ソ連もロシア語だったのだから、君も日本語にしてはどうか」というすすめがあった。望ましいことであった。
巻紙に毛筆でしたためた草稿を手に、7日夜、吉田は平和条約の受諾について演説をした。
明けて8日が、調印式であった。共産国を除く48か国代表が、アルファベット順に、ケルチュナー事務局長の呼ぶ声につれて席を立ち、壇上にのぼって、署名を行なっていった。これらの連合国代表の署名が終わったとき、ケルチュナーは、
「JAPAN!」と呼んだ。
六人の全権たち― 吉田を先頭に池田勇人蔵相、苫米地義三民主党最高委員長、星島二郎自由党代表、徳川宗敬緑風会会長、一万田尚登日銀総裁が登壇してサインした。8日の午前11時44分― 日本では、9日の午前3時44分であった。
すべては華麗な雰囲気のなかに、終わりを告げた。日本の全権団やジャーナリストたちは、このセレモニイが敗戦の所産であるという感覚と意識を消失させていた。
逆に、日本が独立国として、国際社会のなかに踏み出していく、あたらしい門出の儀式という喜色が、彼らの表情に溢れているようにみえた。

036

「自由に、祝いたまえ」と、宿舎で吉田はそういって、ひとり部屋にこもった。吉田にだけはまだ、大きな仕事が残されていた。日米安保条約の調印であった。
それはこの日の夕刻5時10分― サンフランシスコの街に、いかめしいたたずまいをみせるプレシディオで行なわれた。アメリカ側はアチソンとダレスとが出席した。
日本側は、吉田ひとりであった。民主党は、平和条約調印にのみ全権を送るという党議だったので、苫米地が参加しなかったからだ。ひっそりと、侘しく、それゆえにかえって峻厳な調印であった。
その夜おそく、各国との記念パーティーなど、目まぐるしい日程をおわった吉田は、自分の部屋に池田蔵相を呼んだ。池田が入っていったとき、マニラ葉巻のつよい匂いが漂っていた。
「久しぶりのかおりですな」
池田は、浅黒い顔の鼻をうごめかせた。
「なによりの大事業のご成功 あらためてお祝い申し上げます」といってから、池田はソファに腰をおろした。
「いや……本当は、これがはじまりだ」という吉田の表情のきびしさに、池田は射られた。吉田は、いいきかせるような口調で、
「いいかね、池田君……」といった。

037

「領土問題は、沖縄や北方諸島が、日本にいつ戻ってくるのか……宿題のまま残された。賠償も、東南アジア諸国との話し合いはこれからだ。韓国や、台湾の国民政府との国交も、こんご個別の交渉をしなければならない」
「…………」
「ことに中国の問題は、ダレスの勧告で、私たちは台湾を正統政権として選んだ。が、将来、中共をどうするのか……未解決の大問題だ」
いつのまにか池田は、かしこまった姿勢になって、吉田の話に耳を傾けていた。
「日米安保条約にしても、十年さきまで、このままでいいというわけではない……」
吉田は、今日の平和条約締結の華麗な儀式に満足し、安堵してはいなかった。近い将来と遠い将来とに向かって、時間と力をかけて、いま池田にきかせたいくつもの宿題を解いていかなければならない重さを、ずっしりと全身に感じていた。
「私は、自分で、できるところまではやる……
が、おそらくほとんどの問題は、君と佐藤君の時代まで残されるだろう。君たちが解くべき宿題になる。しかも……」と、吉田は、話に間をおいた。
「これからの政局は、たいへんだ。鳩山一郎や石橋湛山、岸信介君たち、追放解除組が戻ってくる……」

038

それはちょうど、対日平和条約の批准を終わって二か月あと、その昭和26年の12月25日、クリスマスの日にあたっていた。午前8時という早い時間に、吉田は増田甲子七幹事長を外相官邸に呼びつけた。息せき切るように駆けつけてきた増田の顔をみるなり、吉田はこういった。
「内閣改造だ……。いま、すぐに……だ」
増田は、一瞬、その長身を立ちすくませた。
「リストは、もうできている」と、吉田はデスクの上の紙片を、増田に手渡した。
「このとおりにしたまえ」増田にうむもいわせなかった。
「はっ」増田は、そのリストに目をとおした。

首相・外相― 吉田茂、法務総裁― 木村篤太郎、蔵相― 池田勇人(留任)、文相― 天野貞祐(留任)、厚相― 橋本龍伍(留任)、農相― 広川弘禅、通産相― 高橋龍太郎(留任)、運輸相― 村上義一、郵政電通相― 佐藤栄作(留任)、労相― 吉武恵市、建設相― 野田卯一(留任)、経本長官― 周東英雄(留任)、国務相(地方自治)― 岡野清豪、国務相(防衛問題担当)― 岡崎勝男、国務相― 山崎猛、国務相(警察予備隊担当)― 大橋武夫、官房長官― 保利茂
幹事長―増田甲子七(留任)

039

それらのひとつひとつの人事を噛みしめながら、増田は、吉田の改造の意図をさぐりあてようとした。
― 検察出身で右翼、解除組の木村を法務にすえたのは反共政策、大橋、岡崎を防衛担当としたのは日米安保の推進と、自衛力漸増。
― 反主流の象徴的存在である山崎と、総務会長の広川を入閣させたのは、反主流派を宥和させ自分と広川との対立を緩和させ、党内の結束を強化するためだ。
― 池田、佐藤、周東、広川、橋本、吉武、岡崎、大橋、それに保利と、吉田学校の主要メンバーを閣内にそろえたのは、吉田体制の強化を目的としている。ということは……。
― 対日平和条約の発効日本独立は、翌27年4月28日……そのあとも、吉田首相は政権を担当していく決意なのだ。それを攻撃してくる鳩山勢力に対抗するために、吉田学校出身者で、内閣と党を固めた……。

この改造は、ジャーナリズムの上では、クリスマス改造と呼ばれた。改造が発表された十分あとには、それは新聞記者から溜池の三木事務所に、電話で知らされた。来あわせていた河野は、こう毒づいた。
「吉田の野郎……たいへんなクリスマス・プレゼントをよこしゃあがった」

040

クリスマス改造の認証式、初閣議を終わって、吉田首相が外相官邸に戻ると、その応接室に松野鶴平が、にやにやと笑いを浮かべながら待ちうけていた。
「独立後も、長期政権担当の決意表明……けっこうな改造でしたな」と、松野はいった。
「そうさ……」と、吉田は自慢げに胸をそらせた。どこか子供じみた動作だった。
「クリスマスにやったところが、ミソだよ……総司令部は休日だ……。もう事実上は独立……お前さんたちには、相談の要なし、という心意気をみせたのさ」
「そして、この改造は、そのまま鳩山君への拒否回答……ですな」と、松野はうなずいてみせた。
「そうとも……」と、吉田はにわかにきっとした表情になった。
「平和条約の批准が終わったといって、ことが済んだわけではない。来年4月の発効までに、占領政策の清算、独立後への準備……講和を担当した総理として、なしとげねばならない責任がある。独立したあともだ、完全な独立体制の樹立……という仕事がある。それを、やれるところまではやる、やるべきだ。やらなければならん政治家たる責務が、私にはある」
たしかにそれは、政治というものの論理にかなっている発想であった。

041

マッカーサー元帥と吉田首相は当初反対していた旧軍将校の採用を結局は認めた。
朝鮮戦争勃発を背後に抱え、予備隊の編成、武器使用、指揮系統等にあまりに支障が大きすぎたからである。
その結果、辰巳が軸となって追放されていた正規将校の人選が昼夜兼行で開始された。
講和条約調印を挟んだ26年夏から暮れにかけて、辰巳は幹部編成に奔走している。
追放解除は世間のうるさい問題にならぬよう、まず若い方から始めた。最初に解除になったばかりの陸士58期生約三百名が6月に、次いで10月には中堅幹部として佐官級約四百名、さらに12月には約四百名の尉官クラスが、それぞれ予備隊幹部の階級を与えられて入隊することになった。
ただし辰巳のような旧将官クラスの入隊は、国内事情から推して中止した。
辰巳自身吉田から直接、
「君が制服組のトップに座ってはもらえまいか」
と要請を受けたが、彼はきっぱり断っている。ひとつには年齢の問題があり、また世間の目がさらに厳しくなるのを避けるためであった。

042

予備隊首脳部の採用については、佐官クラスで士官学校40期(中佐クラス)以下と限定することで、すでに募集された者との進級差を按配しようと辰巳は考えていた。
だがその後辰巳は陸上部隊でいえば、もっと経験豊富な連隊長経験者や省部の課長級で補強する必要性を痛感する。
27年正月、辰巳は大磯へ年賀を兼ねて足を運んだ際にこの難題を持ち掛けた。
「総理、強化のために30名ほど大佐クラスを指揮官に採用したいのですが」
吉田に申し出ると、意外なほどあっさり理解が得られた。
「いいじゃないか、閣議で決めてやろう」
旧軍の大佐採用はこうして政府了解はとれたものの、今度は現場の予備隊本部が大反対の声を挙げた。
外部の者が手を突っ込んできた、という反感と、世間体を気にしての反応だった。
その主役は増原長官と後藤田正晴警務課長である。押し問答の末、人数を絞って、ようやく十名程度の採用で決着した。
27年6月、大佐クラスの入隊が実現した。
やがて採用された人々はそれぞれ各部署へ配属され、統制や指揮系統におおいに貢献することになったのである。

043

三木の術数と、謀略とを賭けた死闘は、これまでの吉田体制に不満をいだく、反主流派の結集からはじまった。三木と、それに解除組の石橋湛山たちの力を得て、石田博英、倉石忠雄たち三、四十人の反主流派は、
「われわれは叛乱軍だ」と称してはばからないまでに、勢力を拡大しはじめた。
ちょうど、反共立法である破壊活動防止法案をめぐって、重光葵の改進党、左右両派社会党などの野党攻勢が、異常なたかまりをみせているさなかだった。
吉田陣営は、党内の反主流派と、外の野党の攻撃にそなえて、体制の建てなおしを迫られた。
「福永健司を、幹事長に起用する」と、吉田は、側近たちに命じた。福永は、側近の中堅だった。吉田としては、あごで使える。幹事長を意のままに動かして、党を掌握しようと考えたのだ。だが、福永は当時、党内の比重は軽かった。
「この人事を潰せ。そうすればだ、吉田の威信は地に墜ちるぞ」と、三木は大野を焚きつけ、石田、倉石たちを煽りまくった。
吉田陣営では、面子にかけても、この人事を強行しなければならなかった。広川農相は、連日世田谷の私邸に、三、四十人の議員を集め、反主流派の切り崩しを策した。

044

幹事長指名のための議員総会が、院内の控室でひらかれたのは、7月1日の午後であった。
側近たちは、わるい情報を吉田の耳には入れなかった。だからこまかい事実は承知していないにしても、吉田にもこの議員総会の緊迫した雰囲気は、その部屋に入った瞬間、感じとられた。多分に、興奮気味になって、壇上に立った。
「福永健司君を、幹事長に指名します!」と吉田は叫ぶように、ひとこといった。
吉田陣営の作戦では、みなが「異議なし」と声をあげて、すかさず議長の大屋晋三が、「さように決しました」と、福永幹事長を決定する― はずであった。
だが現実には、そうはならなかった。それより早く、石田博英が手をあげた。それが合図で、叛乱軍が総立ちになった。
「反対!反対!」と連呼しながら、大屋と吉田の席に殺到してきた。総会は、大混乱に陥った。
そのなかを、麻生太賀吉たち側近にまもられて、吉田は脱出した。総理大臣室に戻って葉巻を手にした彼の手が、わなわなと、怒りに震えていた。マッチがうまく擦れなかった。ようやく議長の大屋が、汗まみれの顔をみせたとき― 吉田は、いきなりマッチを大屋に投げつけた。
「君のせいだ!」

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