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【ペン専用】SUPERNOVA(旧 超新星)★62
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ほどほどに
839
やはり、そこに前尾の関心がかかっていた。なぜならば
― 佐藤が四選出馬となれば、さきの43年の公選と同じく、佐藤、三木、それに自分の闘いになる。
― 佐藤が三期辞任となると、福田赳夫、三木、自分、そして田中角栄が立てば、この四人の勝負になる。
場面と条件が、まるきり変わってくるからである。たたかいかたも、変えなくてはならない。大平が、例によって表情ひとつ動かさないまま、答えた。
「佐藤首相の進退は……いまのところ、不明というより他ありませんな。が、こちらが、断固出馬と強い態度で押す。おそらく三木君もそう出るでしょうが、となると佐藤首相もこの勢いに押される。四選はむつかしいと、佐藤首相みずから判断するに至ることが、ゆうに考えられます」
前尾は黙ってうなずいた。大平はさらにこういった。
「とにかく出馬の気勢をあげ、佐藤首相を四選断念に追い込むこと……これが第一です。そのあとのことについては、私は私なりの判断があります」
このとき大平正芳は、ある判断を下していた。
― 前尾、三木が強力に攻撃をかければ、佐藤は敗れるとみて、四選出馬を断念、引退するだろう。
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やはり、そこに前尾の関心がかかっていた。なぜならば
― 佐藤が四選出馬となれば、さきの43年の公選と同じく、佐藤、三木、それに自分の闘いになる。
― 佐藤が三期辞任となると、福田赳夫、三木、自分、そして田中角栄が立てば、この四人の勝負になる。
場面と条件が、まるきり変わってくるからである。たたかいかたも、変えなくてはならない。大平が、例によって表情ひとつ動かさないまま、答えた。
「佐藤首相の進退は……いまのところ、不明というより他ありませんな。が、こちらが、断固出馬と強い態度で押す。おそらく三木君もそう出るでしょうが、となると佐藤首相もこの勢いに押される。四選はむつかしいと、佐藤首相みずから判断するに至ることが、ゆうに考えられます」
前尾は黙ってうなずいた。大平はさらにこういった。
「とにかく出馬の気勢をあげ、佐藤首相を四選断念に追い込むこと……これが第一です。そのあとのことについては、私は私なりの判断があります」
このとき大平正芳は、ある判断を下していた。
― 前尾、三木が強力に攻撃をかければ、佐藤は敗れるとみて、四選出馬を断念、引退するだろう。
841
― 公選は、福田、田中、三木、前尾の勝負になるが、前尾が田中と連合を組めば、かならず勝てる。
それが、大平の読みであった。
前尾と田中との提携には、大平は自信をもっていた。田中の義理の娘が池田勇人の甥と結婚し、姻戚関係にあることから、田中は池田派の代貸しである前尾とも個人的な親密さをもっていた。
池田内閣のときには、前尾が幹事長で、田中が政調会長、うまの合う党運営を行なっていた時期もあったからだ。
それ以上、大平自身が田中と親しかった。政界入りは田中が先輩で、年齢は大平が先輩ながら、議員会館の部屋が隣り合っていたことで接触がふかまった。つき合ってみて、二人の呼吸が合った。
池田内閣の末期には、大平が外相、田中が蔵相で、二人はコンビを組んだ。外交、財政という内閣の中枢をにぎって、相携えて内閣をリードした。田中・大平ラインという言葉さえ党内に生まれた。
といった過去の経緯から、信念的に大平は
前尾、田中は提携できる。
と思っているのだった。
― もちろん、田中も、佐藤退陣となれば出馬の意欲はある。が、田中はまだ佐藤派の代貸しで、みずからの派をひきいるに至っていない。そこに、弱さがある。
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― 公選は、福田、田中、三木、前尾の勝負になるが、前尾が田中と連合を組めば、かならず勝てる。
それが、大平の読みであった。
前尾と田中との提携には、大平は自信をもっていた。田中の義理の娘が池田勇人の甥と結婚し、姻戚関係にあることから、田中は池田派の代貸しである前尾とも個人的な親密さをもっていた。
池田内閣のときには、前尾が幹事長で、田中が政調会長、うまの合う党運営を行なっていた時期もあったからだ。
それ以上、大平自身が田中と親しかった。政界入りは田中が先輩で、年齢は大平が先輩ながら、議員会館の部屋が隣り合っていたことで接触がふかまった。つき合ってみて、二人の呼吸が合った。
池田内閣の末期には、大平が外相、田中が蔵相で、二人はコンビを組んだ。外交、財政という内閣の中枢をにぎって、相携えて内閣をリードした。田中・大平ラインという言葉さえ党内に生まれた。
といった過去の経緯から、信念的に大平は
前尾、田中は提携できる。
と思っているのだった。
― もちろん、田中も、佐藤退陣となれば出馬の意欲はある。が、田中はまだ佐藤派の代貸しで、みずからの派をひきいるに至っていない。そこに、弱さがある。
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尋常にたたかったのでは、福田に勝てないことを、田中も自覚しているはずだ。
― となると、究極的には、田中は福田政権阻止のために、次善の策として、前尾を推すはずだ。
この大平の測定は、45年夏の時点では、誤ってはいなかった。むしろ、正確といってよかった。そこで、日ごろのぬうぼうとした風貌や、はっきりとものをいわない性癖であるにかかわらず、前尾に向かっては
「あくまで、佐藤首相とたたかう姿勢を崩さないでいただきたい。反佐藤を明確に打ち出して下さい。引退に追い込めれば、勝算はあります」
と執拗なほどに、念を押しつづけていた。
正面切ってあからさまに、前尾繁三郎が佐藤批判の狼煙をあげたのは、7月はじめのある日のことである。永田町の尾崎記念館のホールでひらかれた、川崎秀二代議士の出版記念パーティーの席であった。
このパーティーは、反主流派の総会― といった印象が濃かった。
それというのも、川崎は旧松村謙三派として聞こえていたからだ。松村と同じく、日中国交正常化に異常なまでの執心を燃やして、いくたびか北京にいっている。いきおい佐藤首相や岸信介、福田赳夫たちの台湾・国府第一主義を痛罵しつづけてきた。
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尋常にたたかったのでは、福田に勝てないことを、田中も自覚しているはずだ。
― となると、究極的には、田中は福田政権阻止のために、次善の策として、前尾を推すはずだ。
この大平の測定は、45年夏の時点では、誤ってはいなかった。むしろ、正確といってよかった。そこで、日ごろのぬうぼうとした風貌や、はっきりとものをいわない性癖であるにかかわらず、前尾に向かっては
「あくまで、佐藤首相とたたかう姿勢を崩さないでいただきたい。反佐藤を明確に打ち出して下さい。引退に追い込めれば、勝算はあります」
と執拗なほどに、念を押しつづけていた。
正面切ってあからさまに、前尾繁三郎が佐藤批判の狼煙をあげたのは、7月はじめのある日のことである。永田町の尾崎記念館のホールでひらかれた、川崎秀二代議士の出版記念パーティーの席であった。
このパーティーは、反主流派の総会― といった印象が濃かった。
それというのも、川崎は旧松村謙三派として聞こえていたからだ。松村と同じく、日中国交正常化に異常なまでの執心を燃やして、いくたびか北京にいっている。いきおい佐藤首相や岸信介、福田赳夫たちの台湾・国府第一主義を痛罵しつづけてきた。
845
あるときの予算委員会では川崎は
「だいたい、岸、佐藤兄弟は、通算すると十年間、政権を担当している。長過ぎはしないか」とまでいったこともあった。
その川崎の会だから、日中打開に熱心な藤山愛一郎、宇都宮徳馬たち日中議員連盟のメンバーが数多く姿をみせていた。
司会者の指名で、藤山が当然、祝辞のトップを切った。何人かのスピーチが終わったところで、司会者が「ちょうど前尾さんがお見えですから、ご挨拶をひとつ……」と指名した。
前尾はその巨軀を、のっそりとマイクの前に運んだ。例によって歯切れはよくなかったが、はっきりとこういい切った。
「……日中国交の正常化は、わが国にとって喫緊の問題になりつつあります。が、佐藤首相であっては、とうていこの実現はなし得ない。これを私も衷心から憂慮する一人であります」
これは多くの人びとを驚かせた。というのは、前尾その人は、過去においては日中問題に腰がおもかったからである。松村謙三の要望で「中国に対するプラント輸出には延べ払い方式を認めるべきだ」という意見が出たとき、前尾は「吉田書簡を尊重して台湾との関係を考えるべきだ」と足を引っ張ったことがあった。
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あるときの予算委員会では川崎は
「だいたい、岸、佐藤兄弟は、通算すると十年間、政権を担当している。長過ぎはしないか」とまでいったこともあった。
その川崎の会だから、日中打開に熱心な藤山愛一郎、宇都宮徳馬たち日中議員連盟のメンバーが数多く姿をみせていた。
司会者の指名で、藤山が当然、祝辞のトップを切った。何人かのスピーチが終わったところで、司会者が「ちょうど前尾さんがお見えですから、ご挨拶をひとつ……」と指名した。
前尾はその巨軀を、のっそりとマイクの前に運んだ。例によって歯切れはよくなかったが、はっきりとこういい切った。
「……日中国交の正常化は、わが国にとって喫緊の問題になりつつあります。が、佐藤首相であっては、とうていこの実現はなし得ない。これを私も衷心から憂慮する一人であります」
これは多くの人びとを驚かせた。というのは、前尾その人は、過去においては日中問題に腰がおもかったからである。松村謙三の要望で「中国に対するプラント輸出には延べ払い方式を認めるべきだ」という意見が出たとき、前尾は「吉田書簡を尊重して台湾との関係を考えるべきだ」と足を引っ張ったことがあった。
847
― その前尾が、なんという変わりかただ。
― この変化は、前尾が佐藤に挑戦、公選に出馬する決意をかためた証拠だ。
みなが、そのように受けとった。
― これで、三木、前尾が佐藤とたたかうことになる。
パーティーの席は、にわかに熱気をはらんだ。
箱根で行なわれた前尾派の研修会は、いつもとはいちじるしくおもむきを異にするものになった。議員たちが、選挙区から何人かの県・市会議員、あるいは青年たちを引き連れて参加したので、人数も三百人ちかくにふくらんだ。
「これだけでも、派閥研修会としては、迫力があるな」
ホテルの別室に設けられた幹部たちの部屋で、大平正芳、鈴木善幸、小坂善太郎たちも満足そうな様子をみせていた。ことに大平は、その細い眼をいっそう細めた。
前尾が秋の総裁公選に対して、不出馬の態度をとっていたとしたら、研修会は逆に、うらぶれたものとなっていたろう。これだけの人数が集められたかどうか、疑問である。気勢は上がらなかったにちがいない。
三日間にわたる研修会の二日目、壇上に立った前尾は、みずから気負い込むという意識がなかったにもかかわらず、反佐藤、反福田の調子が高くなっていた。
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― その前尾が、なんという変わりかただ。
― この変化は、前尾が佐藤に挑戦、公選に出馬する決意をかためた証拠だ。
みなが、そのように受けとった。
― これで、三木、前尾が佐藤とたたかうことになる。
パーティーの席は、にわかに熱気をはらんだ。
箱根で行なわれた前尾派の研修会は、いつもとはいちじるしくおもむきを異にするものになった。議員たちが、選挙区から何人かの県・市会議員、あるいは青年たちを引き連れて参加したので、人数も三百人ちかくにふくらんだ。
「これだけでも、派閥研修会としては、迫力があるな」
ホテルの別室に設けられた幹部たちの部屋で、大平正芳、鈴木善幸、小坂善太郎たちも満足そうな様子をみせていた。ことに大平は、その細い眼をいっそう細めた。
前尾が秋の総裁公選に対して、不出馬の態度をとっていたとしたら、研修会は逆に、うらぶれたものとなっていたろう。これだけの人数が集められたかどうか、疑問である。気勢は上がらなかったにちがいない。
三日間にわたる研修会の二日目、壇上に立った前尾は、みずから気負い込むという意識がなかったにもかかわらず、反佐藤、反福田の調子が高くなっていた。
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