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【ペン専用】SUPERNOVA(旧 超新星)★62
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ほどほどに
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保利にしてみれば、福田のライバルになりつつある田中に、相談はしたくはない。が、党の雰囲気をさぐるにしても、党を動かすにしても、幹事長である田中を、無視はできなかった。
保利が、目白の田中邸に電話すると
「……いま、帰ったところだ」と、田中のあの独特な声が受話器の底からはね返ってきた。
保利は、老巧に、慎重に話しはじめた。
「……総理の進退についてだが……もちろん総理の意向は、三期辞任か、四選出馬か、どちらなのか不明だが……三木君のロンドン発言のようにだ、安保がきまった以上、総理は進退について、早く意思表示しろという声もある。党内はどんな空気かね?」
「そうだな、やはり、そういう声は強い」
「が、ぼくが思うにはだ。総理には、国連総会出席までは、進退について、一言もしゃべらさんほうがいい……そう考えるが、君はどうかね?」
田中も、どちらがよいのか、考え込む様子だった。保利は、さらにこういった。
「というのは、あまり早く、佐藤総理が三期引退をいえば、次期総裁をめぐって、党が混乱する。かといって四選出馬を言明してもだ。反主流の三木、前尾君たちが、反対を叫んで、うるさいことになる」
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「そうだな……。やはり総理は、進退のことは黙して語らず、それがよいかも知れんな」と、最後には、田中幹事長も保利のいい分に賛意を表した。
田中を説得できたことで、保利はひそかにほくそ笑んだ。
翌朝、閣議がはじまる前に、保利は総理大臣室に入った。
「例の三木武夫君の談話……」
と、保利は切り出した。
佐藤は、はっきりと三木嫌いである。体質的に合わない。つねに対立した立場にもあるからだ。三木がロンドンで「進退をはっきりせよ」といったことで、なおのこと佐藤は、三木に怒りを感じていた。で、保利から、三木談話の件をいわれて、顔をしかめた。保利は
「で、総理としては、少なくとも秋の国連総会出席までは、ご自身の進退について、一言も、ご発言ないようにお願いしたいのです」
といい添えた。
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「そうだな……。やはり総理は、進退のことは黙して語らず、それがよいかも知れんな」と、最後には、田中幹事長も保利のいい分に賛意を表した。
田中を説得できたことで、保利はひそかにほくそ笑んだ。
翌朝、閣議がはじまる前に、保利は総理大臣室に入った。
「例の三木武夫君の談話……」
と、保利は切り出した。
佐藤は、はっきりと三木嫌いである。体質的に合わない。つねに対立した立場にもあるからだ。三木がロンドンで「進退をはっきりせよ」といったことで、なおのこと佐藤は、三木に怒りを感じていた。で、保利から、三木談話の件をいわれて、顔をしかめた。保利は
「で、総理としては、少なくとも秋の国連総会出席までは、ご自身の進退について、一言も、ご発言ないようにお願いしたいのです」
といい添えた。
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佐藤は、大きな眼をむくようにして、天井をにらんだ。保利のいうところの真意を、考えようとしたのだ。保利は、たたみこむように、手短かに説明した。
「進退問題について、総理が、なにかおっしゃられると、反主流派がうるさくなります」
佐藤も、保利のいいたいところを察知して、おおきくうなずいた。佐藤なりに計算をしていた。
― いまから四選出馬を明らかにしたら、三木、前尾は、公選で対抗しようと、すぐさま準備にかかるだろう。秋までに陣固めして、手強いことになりかねない。
― なにもいわず、三期で引退のように見せかけておけば、彼らもそうそう出馬準備を急ぐまい。秋になって、抜き打ち的に、四選出馬を明らかにしたほうが、こちらとしては特策だ。
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佐藤は、大きな眼をむくようにして、天井をにらんだ。保利のいうところの真意を、考えようとしたのだ。保利は、たたみこむように、手短かに説明した。
「進退問題について、総理が、なにかおっしゃられると、反主流派がうるさくなります」
佐藤も、保利のいいたいところを察知して、おおきくうなずいた。佐藤なりに計算をしていた。
― いまから四選出馬を明らかにしたら、三木、前尾は、公選で対抗しようと、すぐさま準備にかかるだろう。秋までに陣固めして、手強いことになりかねない。
― なにもいわず、三期で引退のように見せかけておけば、彼らもそうそう出馬準備を急ぐまい。秋になって、抜き打ち的に、四選出馬を明らかにしたほうが、こちらとしては特策だ。
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佐藤は、もう一度、うなずいてみせた。
「おれは、なにもいわん……」
保利は、心中、ほっとした。
― 秋までのあいだに、岸信介を動かして、福田への禅譲工作をやらせよう。
保利としては、その工作の時間稼ぎがねらいで、佐藤に「進退について、なにもいってくれるな」と進言したのだ。
だが、このときには佐藤も、そんな保利の肚は読み切れなかった。
東南アジアからヨーロッパへ― 長い外遊を終わって、三木武夫が羽田空港に帰ってきたのは7月2日であった。日焼けした顔をにこやかにほころばせながら、迎えに出ていた河本敏夫、志賀健次郎たち三木派の幹部、記者たちに手を振って、飛行機のタラップを降りてきた。
空港ターミナルの一室で、記者団との会見が用意されていた。そこへ行くまでのあいだに
「国内は、どんな動きになっているね?」と、河本に訊ねた。
三木が、なにを訊いているのか、河本にはすぐ解ることだ。
「……佐藤総理は、三期引退か、四選出馬か、依然、なにもいっとりません」
三木の表情が、厳しさを加えた。
― 佐藤はまだまだ政権の座に粘ろう、四選しようという欲を捨て切らないのか。
そんな思いが、三木に戦闘的な姿勢をとらせた。
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佐藤は、もう一度、うなずいてみせた。
「おれは、なにもいわん……」
保利は、心中、ほっとした。
― 秋までのあいだに、岸信介を動かして、福田への禅譲工作をやらせよう。
保利としては、その工作の時間稼ぎがねらいで、佐藤に「進退について、なにもいってくれるな」と進言したのだ。
だが、このときには佐藤も、そんな保利の肚は読み切れなかった。
東南アジアからヨーロッパへ― 長い外遊を終わって、三木武夫が羽田空港に帰ってきたのは7月2日であった。日焼けした顔をにこやかにほころばせながら、迎えに出ていた河本敏夫、志賀健次郎たち三木派の幹部、記者たちに手を振って、飛行機のタラップを降りてきた。
空港ターミナルの一室で、記者団との会見が用意されていた。そこへ行くまでのあいだに
「国内は、どんな動きになっているね?」と、河本に訊ねた。
三木が、なにを訊いているのか、河本にはすぐ解ることだ。
「……佐藤総理は、三期引退か、四選出馬か、依然、なにもいっとりません」
三木の表情が、厳しさを加えた。
― 佐藤はまだまだ政権の座に粘ろう、四選しようという欲を捨て切らないのか。
そんな思いが、三木に戦闘的な姿勢をとらせた。
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用意された部屋で記者団と相対したとき、三木はまず
「佐藤時代は終わった」といってのけた。
「日米安保と沖縄返還……これが佐藤首相が三選に立つときの政策目標だった。それらが解決をみた以上、佐藤首相の使命は終わった……」
それは、もしも佐藤が四選を意図するならば、自分はその阻止のために挑戦するという、実質上の出馬宣言であった。
三木はこんどは説得的な口調で記者団に語りかけた。
「世界をまわってみると……大きな転換期にきている。ひとつは中国問題で、各国とも、中国を疎外し孤立させておいてはいけない。開放的中国にし国際会議のテーブルにつかせよという声が圧倒的だ。佐藤首相みたいに、中国との国交正常化に後ろ向きでは、日本は世界の潮流から、取り残されてしまう……」
「内政にしても、世界各国はみな、物価、公害、都市、税金など、しんけんに取り組んでいる。が、日本だけは、佐藤体制が官僚的な惰性のまま、なにひとつ前向きに解決しようとしていない……」
それだけで、どの記者にも、三木が10月、佐藤との対決をつらぬく意欲十分と看てとれた。
ただし、この時点では三木はまだ
― おそらく佐藤は、諸般の事情から四選には打って出まい。
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用意された部屋で記者団と相対したとき、三木はまず
「佐藤時代は終わった」といってのけた。
「日米安保と沖縄返還……これが佐藤首相が三選に立つときの政策目標だった。それらが解決をみた以上、佐藤首相の使命は終わった……」
それは、もしも佐藤が四選を意図するならば、自分はその阻止のために挑戦するという、実質上の出馬宣言であった。
三木はこんどは説得的な口調で記者団に語りかけた。
「世界をまわってみると……大きな転換期にきている。ひとつは中国問題で、各国とも、中国を疎外し孤立させておいてはいけない。開放的中国にし国際会議のテーブルにつかせよという声が圧倒的だ。佐藤首相みたいに、中国との国交正常化に後ろ向きでは、日本は世界の潮流から、取り残されてしまう……」
「内政にしても、世界各国はみな、物価、公害、都市、税金など、しんけんに取り組んでいる。が、日本だけは、佐藤体制が官僚的な惰性のまま、なにひとつ前向きに解決しようとしていない……」
それだけで、どの記者にも、三木が10月、佐藤との対決をつらぬく意欲十分と看てとれた。
ただし、この時点では三木はまだ
― おそらく佐藤は、諸般の事情から四選には打って出まい。
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という判断であった。
― まして自分が強く挑戦の姿勢を示せば、なおのこと佐藤は引退する。
と計算もしていた。
帰国した三木武夫が空港であげた第一声の反響は、大きいものがあった。政局、夏の陣の幕を切って落とす形になった。
その翌日、麹町の三木事務所に、派の幹部たちが集まったとき
― 秋10月の総裁公選に賭ける。
といった雰囲気が、彼らのあいだにも張りつめていた。
もっとも、この三木の外遊については、はじめ松浦周太郎、佐伯宗義たちは「いまは総裁公選の準備に、もっとも大切な時期です。外遊は絶対に不利と思う」と反対の態度を示した。
だが三木は「そういうが、政治家は政策で勝負せねばならない。そのための外遊だ」と譲らなかった。
政策第一ということは、昔からの三木の信条である。
そういわれれば、松浦、佐伯も二言はない。としても、これら長老たちは
― 現実の総裁選の勝負は、政策ではない。資金、多数派工作だ。そうした実戦上の準備を、この夏にかけて、三木にやってもらいたい。
そんな内心の不満は、抑えがたかった。
そうした不満は中堅や若手のなかにもあった。
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