000

ホスラブてめちゃ保守

+本文表示

だよな

835

とすすめたとき、佐藤は
「その必要はあるまい。たがいに気心の知れた仲だ。なまじ池田君をたずねてもの欲しげにみられなくない」と答えた― という話を池田は耳にしていた。
そういった佐藤の心理が池田にわからないわけではない。悪くいえばどこか冷たく ぶっている。良くいえば正直で処世の術を知らないのだ。
そう理解できていながらも ながい時間が積み重なっていくうちに、自分に求めてこない佐藤に池田はいらだちを覚えはじめ 反感が萌してきた。
― 佐藤はあるいは、おれが池田を総理・総裁にしてやった、対等の実力者だという意識、面子、あるいは自尊心から ことさらおれに近づいてこないのではないか。逆におれのほうから接近していくのが当然……とでも考えているのか。としたら……馬鹿にした話だ。おれにも総理・総裁という立場がある。
こうして二人の間の心理的な空隙が おいおいにひろがり ふかさを増して、やがて対立感にと変わっていった。おたがいの側近のライバル意識と それに満ちた声と行動とがぶつかり合って、二人をますます対立に追い込んでいったのだ。

836

さきの改造で佐藤を国務相にしたとき、池田にしてみれば「軽いポストで済まんな」という感情はあった。が、側近たちの一部は
「佐藤の実力も落ちてきた。その程度がかっこうのところだ」と吹聴したことを池田も知っている。それを聞けば佐藤派が反感をもつことは自然のなりゆきであった。
このような対立をいよいよ決定的にしたのは、やはり河野一郎の存在だと池田も認めないわけにはいかない。河野が佐藤を排して自分の後継たろうとする意図をもっていることを池田も承知している。その意図ゆえに河野は池田に対して この二年間は低い姿勢である。
吉田にも だれにも屈しなかった剛腹な河野が、自分にだけは屈しているという優越感が おのずと池田の内がわに生じてきた。自分なら悍馬の河野を乗りこなせるという自信も池田には生まれた。いきおいその親近の比重を 佐藤よりも河野により多く懸ける結果になってきた。
そうした二年間― を いま池田は反芻してみるのだった。
いつもならばこの信濃町の邸の茶の間には、前尾繁三郎、鈴木善幸、小坂善太郎、あるいは大平、宮沢、黒金といった側近たちがたむろしているが、少々早めに引きあげていった。

837

その一人きりの時間が池田を沈み込ませているのだ。
ふっと佐藤との握手の感触が 池田のたなごころによみがえってきた。四年前、彼が自分を助けて総裁公選の勝利を得させてくれたこと、さらに15年前、そろって衆議院に当選してきたとき、もっとさかのぼって ともに五高をパスし顔を合わせた入学式の日……すべて友情と信頼とがこもった握手をかわした記憶が池田の触感のなかにあたたかい。
― しかしいまの佐藤は、総理・総裁としてのおれの信条や政策、情熱などなにひとつ考えてはくれない。二期四年つとめたのだから退陣すべきであると迫るだけの気持ちなのだ。おれが河野に政権を渡すものと勝手に判断して敵意さえ抱いている。
― しょせん政治の世界というものは いずれが権力を握るかという命題によって 人間の行動や関係のあり方 その姿勢までもが定まっていく。その間に理性や友情は圧殺されてしまう。いつの時代においても どこの国家においても 政治とはそういうものであり そうでない政治というものはかつて存在しなかったにちがいない……。
池田は「やむを得んことだ」とつぶやいて吐息をついた。

838

池田と佐藤との間の対立をいよいよ決定的にする事件が 6月の半ばに起こった。それは河野一郎建設相の熊本談話である。河野が阿蘇山にまで足を伸ばしたのは 九州の新道路計画のための視察であった。
阿蘇山のホテルで行なわれた記者会見で、質問は冒頭から総裁問題に集中された。
「池田三選の総参謀長としての心境、いかがです?」
河野は阿蘇の山頂をあごでしゃくってみせた。
「いま……おれの心境は休火山だよ」そういって河野はにやっと笑った。河野がみずからを休火山といったのは、いま自分は直接 公選の候補者ではない。しかしいずれは立候補するのだという心構えをそんなふうにいったのだ。
「……池田総理のために おれがやるべきことは一つしかない」と彼はいいはじめた。
「それはだ……佐藤君に立候補を断念させることだ。これ以上 池田三選を確実にする方法があるかね。あったら聞かせてもらいたいものだ」
たしかにその通りではあったが 記者団にはそれはむつかしいという共通の判断があった。ひとりがこう質問した。
「……しかし一週間や十日前ならとにかく 佐藤も立候補を決意し 佐藤派も走り出しています。それを断念させられますか」

839

「どうあろうと……断念させてみせるというんだ……」
記者団に対しても何の遠慮もなく自分の感情をむき出しにするのが河野の癖であった。それは河野がジャーナリストとしても自分がはるかな先輩という意識をもっていたせいもある。
「とにかく一両日中に おれが佐藤君に会う。その上で佐藤君を池田総理に会わせる。それで佐藤君を池田三選に協力させてみせる」
一瞬どの記者の脳裏にも この河野談話が明日の朝刊のトップにいくという思いがひらめいた。河野はジャーナリズムの上に問題やニュースを提起させる才能があった。
「で、大臣は佐藤との話し合いの間になにか条件でも……」
つまり佐藤を断念させるための取引の材料はあるのか― という意味だった。
「いいか……これからの話は全部オフレコだ。絶対に書いてはいかん」と河野は記者たちをじろりと見まわした。
「……佐藤君が立候補をやめて池田三選に協力するというならばだ、副総理でも副総裁でもお望みのポストを差し上げようというのだ」
彼自身が任命権をもつ総理・総裁ででもあるかのようないい方だった。

840

が、記者団も
― そういう条件ならば あるいは佐藤も出馬をとりやめて池田三選を支持するかも知れない。
という判断に傾いた。
あとになってみれば どんな条件であろうと佐藤が立候補を中止するはずはなかったのだが そのときには「それならば、あるいは……」という可能性を記者たちに信じさせたところに、河野の迫力と政治力とがあった。
河野は記者たちの反応をたしかめると、満足そうにうなずいた。記者のひとりがおそるおそるこう訊いた。
「……ということはですね、池田首相のあとを佐藤が継ぐ……それを大臣は認めるという結果になりはしませんか?」
「そうかな……」と河野はまた、にやっと笑った。その笑いのなかに記者たちは河野の自信を読んだ。
たとえ佐藤が副総理、副総裁、どの椅子に坐ろうと いっこうにさしつかえはない。どうせ池田首相のあとの椅子は自分が継ぐことになるのだ― という河野の自信である。
「あとでどうなるか……それは実力が決めることだ」と吐いて棄てるようにいった。その表情のなかを、なにか凄味のある笑いが通り過ぎていった。

841

翌日の午前9時半に永田町の首相官邸に入った池田首相は、総理大臣室のソファにおさまるとすぐ官房長官の黒金泰美を呼んだ。飛んできた黒金の前に池田は朝刊を放り出した。
「昨日の河野君の阿蘇談話……どう思うかね」と不機嫌な声を出した。
「はい……もし総理と佐藤国務相の話し合いで佐藤氏が出馬断念……ということになれば望んでもないことです」
「それはそのとおりだが、河野君はそのときの記者会見でオフレコといいながら飛んでもないことをいっとる。君は聞いとるか」
「はっ……いいえ」
「不勉強だな。情報は洩れなくとることだ。前尾幹事長が記者から聞いたところによると……佐藤に副総理か副総裁の椅子を与えるといったそうだ。私に一言の相談もない。越権もはなはだしい。しかも私のあとは自分が継ぐ……という意味のことを河野君はしゃべっとる」
「それは……感心しません。が、河野大臣はときおり勢い余って口を滑らせますので……」と黒金は弁護にまわった。
「口が滑って本音を吐いた……というわけか」と池田はあくまで不快げであった。
そのままの表情で池田は閣議室に入った。

842

円卓をかこんで池田の隣席を占める黒金も 元気ない声で法律案、案件を読みあげた。たいした問題もなく、担当閣僚が説明し、決定、諒承が与えられると、閣僚たちが順送りに署名していく。
そのあいだ池田は、佐藤国務相に対してはもちろん、河野建設相のほうも見向きもしなかった。
― 河野君も少々図に乗り過ぎとりはせんか。池田三選は自分なくてはあり得ないと自惚れて高姿勢になっとるのだろうが、まだまだ低姿勢でいたほうが身のためだ。二年たって私が「うん」といわんかぎり、総理・総裁の椅子は いくら君が画策してもまわっていきはしない……。
― 佐藤君にしても同じことだ。二年後、君が総理・総裁になれるかどうかは、やはり私の意志いかんにかかっている……。
しめっぽく沈み込んだ閣議がほぼ一時間でおわって、閣僚が散っていった。佐藤がむっつりと閣議室を出たあと、それを河野は追った。正面玄関に通じている赤絨毯の階段で、二人は肩を並べた。河野をふりかえる佐藤の表情は冷たかった。
「君は阿蘇で、ぼくに会いたい、池田総理との会談にもちこむ……といったようだが、その必要はないな」

843

河野もこのまま黙ってはいなかった。
「あたまから必要ないと決めこまんでもいいだろう。たったいま、あらためて君に会見を申しこむが、どうかね」
「会わんでもいい。ぼくは副総理が欲しいとか 副総裁がいいとか 条件闘争をしとるわけじゃない。一両日中に閣僚の辞表を出す……」
そういうなり佐藤は足早に階段を降りて玄関に消えた。
河野は思わず
「話のわからん奴だ」とひとりごちて、きびすを返した。玄関の方から守衛が「佐藤国務大臣のお車」と呼ぶ声を背に、河野は総理大臣室に逆戻りした。
官房長官の黒金が待ちうけていた。おずおずしながらこういった。
「いま総理にはお会いにならんほうがよろしいかと思います。申し上げにくいのですが、大臣の阿蘇談話をだいぶ気にしております」
「ふうん」と河野も不興さを露骨に示してみせた。
― しょせん池田も佐藤も官僚だ。小心で、自分中心で……。
と河野は思うのだ。どすの利いた声で黒金にいった。
「佐藤はぼくにも総理にも会わんそうだ。一両日中に辞表を出すといっとった。君から総理につたえておいてくれ」

車を降りたった佐藤国務相のまわりに官邸詰めの記者たちが殺到した。

844

叫ぶような調子で質問を浴びせかけた。
「辞表提出ですな……」
佐藤はその大きな眼をむくように記者たちに向けて、なにもいわずにうなずいただけであった。総理官邸の玄関に足を踏み入れロビイから階段へと向かった。
記者たちはすぐクラブにとってかえすと 政治部デスクとの直通電話を鳴らした。佐藤辞任を伝える声が渦巻いた。折りかえし本社からそれについての原稿を指示してくる電話と 官邸記者たちの答えとがやかましかった。
「佐藤国務相辞表提出、総裁公選出馬へ」というこの出来事は 間違いなく今日の夕刊のトップを飾るのだ。
そんなあわただしい空気とはまるで変わって 二階の総理大臣室には重苦しい雰囲気がよどんでいた。佐藤は辞表を取り出して池田のデスクの上においた。
「考えるところあって辞任させていただく」という声も冷たさに凍てついている。
受ける池田の表情も石のように硬かった。
「致しかたない……」といって、それでも手で佐藤に椅子をすすめた。佐藤はそこに腰をおろしはしたものの 体を宙に浮かした形であった。
この場面では二人の関係は、ただ総理・総裁の椅子を争う挑戦者と保持者と、それ以外のなにものでもなかった。

コメント本文必須

残り文字

名前/性別

トリップキー16文字マデトリップキーとは

ハッシュタグ

記号(@、+、-、!、?など)はご利用いただけません。

動画10MBマデ


画像5MBマデ(JPG|GIF|PNG)


削除PASS半角英数4〜16文字マデ

共有動画YouTubeの共有URLを入力

ホスラブは完全匿名で投稿できますが、ガイドラインをよくお読みになってご利用ください。

同意してコメント

1.アクセスログの保存期間は原則1か月としております。
尚、アクセスログの個人的公開はいたしません。
2.電話番号や住所などの個人情報に関する書き込みは禁止します。
3.第三者の知的財産権、その他の権利を侵害する行為又は侵害する恐れのある投稿は禁止します。
4.すべての書き込みの責任は書き込み者に帰属されます。
5.公序良俗に反する投稿は禁止します。
6.性器の露出、性器を描写した画像の投稿は禁止します。
7.児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(いわゆる児童ポルノ法)の規制となる投稿は禁止します。
8.残虐な情報、動物を殺傷・虐待する画像等の投稿、その他社会通念上他人に著しく嫌悪感を抱かせる情報を不特定多数の者に対して送信する投稿は禁止します。

利用規約に反する行為・同内容の投稿を繰り返す等の荒らし行為に関しては、投稿者に対して書き込み禁止措置をとる場合が御座います。

関東版の掲示板一覧

copyright© hostlove.com All Rights Reserved.

トリップキーとは?

個人を識別するためのキーです。
トリップキーに入力された文字列から、
毎回同じ暗号文字が生成
されます。

例:[ホスラブ] → u7hgpnMxsk

※他者にはトリップキーに入力された文字列が分からないと、同じ暗号文字を作ることはできないため、掲示板などで個人を証明するために用いられています。
※16文字以内で他者に推測されない任意の文字列を使用してください
1.アクセスログの保存期間は原則1か月としております。
尚、アクセスログの個人的公開はいたしません。
2.電話番号や住所などの個人情報に関する書き込みは禁止します。
3.第三者の知的財産権、その他の権利を侵害する行為又は侵害する恐れのある投稿は禁止します。
4.すべての書き込みの責任は書き込み者に帰属されます。
5.公序良俗に反する投稿は禁止します。
6.性器の露出、性器を描写した画像の投稿は禁止します。
7.児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(いわゆる児童ポルノ法)の規制となる投稿は禁止します。
8.残虐な情報、動物を殺傷・虐待する画像等の投稿、その他社会通念上他人に著しく嫌悪感を抱かせる情報を不特定多数の者に対して送信する投稿は禁止します。

利用規約に反する行為・同内容の投稿を繰り返す等の荒らし行為に関しては、投稿者に対して書き込み禁止措置をとる場合が御座います。

お手持ちのスマートフォンで下記QRコードを読み取ってください

友達にこのページをLINEで送信する事が出来ます。

名前/性別6文字マデ

トリップキー16文字マデトリップキーとは

コメント本文必須

残り文字

ハッシュタグ

記号(@、+、-、!、?など)はご利用いただけません。

画像5MBマデ(JPG|GIF|PNG)


削除PASS半角英数4〜16文字マデ

共有動画YouTubeの共有URLを貼り付けて下さい。

ホスラブは完全匿名で投稿できますが、ガイドラインをよくお読みになってご利用ください。

同意して投稿

ローカルルールと検索方法

なんでも雑談(雑談・コミュニティ)

ローカルルール違反の話題作成は削除対象になります。